この一年でたった一日だけ、台風が接近して関西の鉄道が一斉に運休した。それは忘れもしない、2022年9月19日月曜日。この日付は一生消えることのない焼き印のように、僕の記憶に刻まれた。
もし歳を取って、記憶が定かでなくなっても
「今日が何日かって? そら、2022年9月19日の……月曜日や!」
と訪問看護のヘルパーさんに力強く訴えて、ああ、はいそうですね。と、軽く受け流されているに違いない。
今でも自宅で働いていると曜日すら忘れることがあるのに、その日付だけは自分の誕生日並みにはっきりと覚えている。
というのも、その日の一週間ほど前、僕の著書『おばあめし』が出版された。物書きになろうと会社を辞めてかれこれ11年、自らの祖母、おばあに支えられながら2度目の大学生生活を経てライターとなり、ようやく出版することができた初の著書だ。その刊行記念イベントを、ノンフィクションライターの恩師、近藤雄生さんをゲストに呼び、母校にて華々しく開催する日が9月19日だった。
どうしてよりによってこの記念すべき日をピンポイントで狙い撃ち、記録的な強さの台風が関西に直撃するんや! 何か月も前から準備を整えてきたのに、全部台無しやんか!
イベント開催を翌日に控えた僕は、ベッドの上で身もだえながら、台風14号とそれを生み出した地球と、温暖化現象と、自分に試練を与えているとしか思えない神を、スマホのお天気アプリを何度も更新しながら呪った。
ところが呪いのエネルギーが増幅して跳ね返ってきたかのように、一年のうち9月19日だけ鉄道が計画運休し、母校も立ち入り禁止となった。だったらイベントは翌週に変更! なんてソロキャンプでもするみたいに自分の都合だけで開催日を再設定することはできなかった。
そうこうするうちにひと月経ち、刊行記念第二弾として計画していた芥川賞作家の津村記久子さんとのイベントが先に、MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店にて開催された。
このイベントは盛況で、参加者の笑顔が絶えず、僕自身も緊張するのを忘れるほど楽しんだ、大成功と言えるものとなった。
それだけに、最初に計画していたイベントは、
“立ち消えになっても仕方ない”とか、
“関係者全員の予定を再び合わせるのは至難の業”とか、
“やるからにはさらなる書籍の知名度アップや集客のことも考えないといけない”とか、
“開催日に合わせて台風が来たのは「やらない方がいい」という天のお告げだろう”なんて、
やらない理由をこじつけて弱気になっていた。
そんなときゲストとして招く予定だった近藤さんから、イベント開催を期待する言葉が届き、くすぶっていたやる気がまた燃えた。
10月のイベント会場となったMARUZEN&ジュンク堂書店梅田店では、同じ著者が短期間に連続でイベントをした前例はないと聞いていた。だけど“ダメもと”で相談してみると、なんと再び協力してもらえることになった。
さらに全員の予定がピタリと合う日も見つかった。
というわけで、12月9日(金)に『おばあめし』刊行記念イベント【ものを書いて“食って”いく!関西在住ライター師弟それぞれの方法】を開催した。経緯をここまで詳しく書いたのは、それだけ開催できたこのよろこびを伝えたかったから!
イベントの幕開けは、前回と同じくMARUZEN&ジュンク堂書店梅田店の福嶋聡さんの挨拶と流ちょうな説明から。
おかげで慣れないトークもよどみなくスタート!
僕が近藤さんの紹介をして、
近藤さんが、大学の教え子だったころの僕とのいきさつを語ってくれた。
『おばあめし』の内容どころか、僕とやりとりした過去のメールまで読み返してくれて、熱く語ってくれた近藤さん。
僕が何だか“どや顔”なのは、自分の著書の刊行記念イベントに、まさか恩師の近藤さんを招くことができるなんてと、よろこびをかみしめているから。
近藤さんに今後の物書きとしてのテーマを聞かれ、おぼろげに考えていたことが具体的な言葉になった。それもこのイベントで得た大きな収穫だった。
今後のテーマは、自分が暮らす地域の高齢者の介護について。きっかけは今年のはじめ、おばあがコロナにかかって入院したことだった。それ以来、おばあは台所に立つことが難しくなり、僕が日常生活の介助をするようになった。そして見えてきた介護する側とされる側の問題点を、地域を回ってほかの事例も取材して、お互いが楽しく暮らせる方法を共有したいと思うようになった。
僕とおばあの近所に住む人たちも、多くが介護や介助の問題を抱えている。隣のご夫婦も僕とおばあのことを気にかけて、このイベントに参加してくれた。
それに地域の介護支援を担う、包括支援センターの職員さんの顔もあった。
かつておばあは、僕に料理を作って目標を応援してくれた。今は僕がおばあに料理を作り、生活を手助けしている。そのおばあと僕の、高齢者と孫の世代がお互いを助け合う関係が、よりよい介護の在り方のヒントになっているようだった。
今まで僕は料理を中心に考えていたけど、実はその後ろにはもっと大きなテーマがあったと気づかされた。このイベントを開催したからこそ、僕のすすむべき道が照らし出されたのだ。
参加者からは、出版業界の専門的なことから、おばあのことまで質問があった。
対談のあとは、全員が書籍を手に取ってくれた。サインをする僕の顔には、そのうれしさが表れている。
近藤さんは慣れた手つきで、流れるようなペンさばきでサインを書く。
僕は書籍のイラストを描いてくれた“とみこはん”さん作の消しゴムはんこも押した。
そしてこの近藤さんとのマスクを外したツーショット!
“開催日に合わせて台風が来たのは「やらない方がいい」という天のお告げ”なんて思っていたのは、全く逆だった。
この日この場所