おばあの家に行こうと、自宅の戸を開けると、突き刺すような冷気が吹き付けてきた。慌てて部屋に戻り、マフラーを巻き、手袋を分厚いフリースに替える。この冬一番という寒気につつまれて、むき出しの頬がかじかむのをこらえながら、おばあの家へと早足で向かう。
おばあは僕より寒さが苦手だし、こんな日はきっと、鍋とかラーメンとか、熱々の料理をつくってくれているはず! そして、この寒さに耐えてこそ、鍋やラーメンがより一層、おいしく感じられるんだ! その一心で、しもやけになりそうな足先を前へ前へと運び、おばあの家にたどり着いた。
居間に急ぐと――
おばあは暖かい部屋の中で、テレビを見てくつろいでいた。食事は先に済ませてしまったらしい。鍋なら僕が来るのを待って、一緒に食べるはず。ということは、鍋じゃないのか!?
今年は暖冬だからか、おばあが好きな鍋ものを一度もつくっていない。今日はその絶好の機会なのにどうして……。だったら、おばあのもう一つの寒い日の好物、インスタントラーメンか!? 鍋じゃなくても、それなら大歓迎だ!
「今日はサッポロ一番? チキンラーメン?」
おばあに聞くと
「ちがうわ!? そこであっためてるやつや!」
そういって、おばあは灯油ストーブに目を向ける。真っ赤に燃えるストーブの上には――
いつもラーメンをつくる片手鍋がのっている。サッポロ一番でもチキンラーメンでもない、はじめて買ってきたラーメンなのか!? しかもそれをストーブの上で温めているって、どういうことなんだ!? ストーブに近づき、鍋をのぞくと中にはラーメン――
じゃなくて、ハンバーグやんか、おばあ! これはこれでおいしそうだけど、どうして鍋でもラーメンでもなく、ハンバーグ……。予想外のできごとに立ち尽くす僕をよそに、おばあは鍋を持って台所に向かって行く。
その後を追うと――
おばあは鍋からハンバーグのパウチをつかみ上げ
切れ目があるのに、ハサミでザクザク切って中身を取り出す。
そして、ソースをかけて、
「ほら、さっさと自分で持って行け!」
と僕に急かす。
皿を手に持つと、洋食店にただよっているような、洋風ソースの香りがたまらない。それを持っておばあのあとにつき、食卓へと戻る。
メニュー
・ハンバーグ(サカタフーズ「シェフ直伝プレーンハンバーグ」)
・ほうれん草のごま和え
・ジャガイモと厚揚げの炊いたん
・豆腐
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、キャベツ、ミニトマト
茹で:ブロッコリー、アスパラガス
・ごはん
食卓にはすでに、いくつもおかずが並んでいた。
そしてこのハンバーグ、ふっくらとして、表面の焼き色もムラがなくておいしそう! これならもう、鍋やラーメンじゃなくても構わない。
とはいえどうして、今日はレトルトパウチのやつなんだ!? いつもならハンバーグは、商店街の肉屋で買ってくるのに……。
「さっきから、なに黙って、ハンバーグ見てんねん! さっさと食え!」
おばあが、ドスの効いた声でまた急かしてきた。
その声に、僕は腹が減っていたことを思い出した。そして箸をつかんでハンバーグを割るとーー
裂け目から肉汁がほとばしり、湯気がほわっと立ち上った。一口サイズにして口に入れると、ソースの香りが鼻に抜ける。そして……熱い!
いつものハンバーグはフライパンで表面を温めるだけだけど、これは芯まで熱々だ! あふれ出る肉汁はやけどしそうなほどで、たっぷりのソースも熱く、食べれば食べるほど体も暖まってくる。
そうか! それで、いつもよりジューシーなこのハンバーグを!?
「体が温まるから、このハンバーグにしたんやろ?」
向かいの席で、相変わらずテレビを見ているおばあに聞いてみる。するとおばあはゆっくりとこちらに振り向き、
「うまそうやったからや!」
と叫んだ。
そんな単純な理由だったとは!? また予想を裏切られ、僕はたじろいだ。でも別の謎の答えも明らかになった! 今晩、鍋やラーメンではなかった理由も、何てことはない。おばあが買い物に行き、たまたま見かけたこのハンバーグがおいしそうだったからだ。
そうとわかると僕は、ハンバーグを大きなかたまりのまま口に運んだ。内側はまだ熱かったけど、はふはふと息を吐きながら食べすすめた。