おばあが用意した晩ごはんに、出来合いの料理が増えてきた。たしかに商店街で買ってきた惣菜も、冷凍食品もレトルトカレーも、味はなかなかいける。それでいて手間がかからず値段も手ごろだから、おばあが選ぶのもよくわかる。
わかるけど……ちょっと前までおばあは、カレーといえば3日連続で出てくるほど大量につくっていた。それがレトルトを買ってくるようになるなんて……。冷凍食品だって、たまに献立に一品加える程度だったけど、今ではメインのメニューとして、しょっちゅう出てくるようになった。
買ってきた料理の味に不満はないし、手間暇をかけてつくればいいとも思わない。ただ、“料理は自分がつくるんや!”という気力と体力が、かつてのおばあにはみなぎっていた。それが目に見えて失われているのが感じられて、何ともやりきれない。
とはいえ数日前には、はじめてロールキャベツが出た。おばあが久しぶりに新メニューに挑戦してくれた! そう思ってうれしかったけど、今考えると、あれはどうやら買ってきたものにコンソメで味をつけただけだったようだ。
これからもおばあの料理は、総菜やレトルトに置き換わっていくだろう。そして手づくりの新メニューは、もう期待できないかもしれない。そんなことを思いながら、今晩もおばあが待つ居間の戸を開ける。
するとテーブルに並んでいたのは――
メニュー
・じゃことたまごの焼いたん
・赤魚の塩焼き
・南瓜の炊いたん
・タコとキュウリとワカメの酢の物
・サラダ
生:ミニトマト、玉ねぎの醤油漬け、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス
・ごはん
全部つくったやつやんか! はじめて目にする料理まである! おばあはまた、料理への情熱を取り戻してくれたのか!?
最近、魚は焼いてあるものを買ってきて、電子レンジで温めることが多いけど、この赤魚は違う! 焼きたての香ばしいかおりを放ち、箸を入れると皮がパリっと音を立てて割け、ふんわりとした白身が現れる。口に入れても生臭さは全くなく、塩気も焼き加減もちょうどいい。
この南瓜の炊いたんも、見るからにしっかり煮込んであっておいしそうだし、
定番の酢の物や、
玉ねぎの醤油漬けとミニトマトが乗った、野菜サラダもちゃんとある。
それはいいとして――
この料理は一体……!? スーパーや商店街で売っているようには見えないし、これまでおばあの家で出てきたこともない。たまごにたっぷりのじゃこを混ぜて、スクランブルエッグのように焼いただけのようだけど……おばあの友人か誰かにつくりかたを教えてもらったのだろうか。
「この、たまごの料理のつくり方、誰に聞いたんや?」
向かいの席のおばあに聞いてみると、
「そんなん、誰にも聞いてへんわ!」
と怒鳴り声が返ってきた。
そうか。これはおばあが自分で考えた、正真正銘の新メニューということか! おばあはまだ、料理に対する探求心を失ったわけじゃなかったのだ。
そしてこの料理、たまごとじゃこというのはシンプルだけど、意外となかった組み合わせだ。長年、料理をつくり続けてきたおばあが選んだくらいだし、相性はぴったり合っているのに違いない。見た感じはちょっと醤油をたらしたくなるけど、まずはこのまま食べてみよう。
期待を込めて口に入れると……辛い! 塩が効きすぎている。じゃこにもじゅうぶん塩気があるのに、たっぷりの塩を入れて味付けしたのか……。いや、料理上手のおばあが、僕でもわかるような初歩的な間違いを犯すはずがない。
きっとこの塩辛いたまごとじゃこを、おいしく食べる方法があるはずだ。味を薄めるには……そうか! これを、ごはんにこうやって――
のせて食べればいいんだ! たしかに量もちょうどいいぞ。さっそく食べてみると……まだ辛い。だけど、ごはんで塩気が薄まって、さっきよりかなりよくなった。次につくるときは、塩は足さずに、ちょっと醤油をたらすとよさそうだ。
だけどおばあには、味付けについては何もいわずにおこう。濃い味が好きなおばあにとっては、これが口に合っているのかもしれない。それに久しぶりにつくってくれた新作メニューに、ケチをつけるようなことはしたくない。おばあには、これをつくってよかった、また新作をつくろう! そう思ってもらいたい。
「このたまごとじゃこの焼いたやつ、ごはんに合っておいしいな」
と僕はポジティブな感想をいった。するとおばあは、安心したような笑顔になって、
「そうか。それ、失敗したんや」
といった。
「失敗って、味付けか?」
「ちゃうわ! たまご焼きにしようとして、そんなんになったんや」
なんだって! これは完成形じゃなかったのか。だったらまた別の日に、じゃこ入りのたまご焼きを完成させてほしい。それはそれでおいしそうだ。そうおばあに伝えようと、向かいの席に目をやると、おばあは「よっこらしょ!」と大きな掛け声で気合を入れながらイスから立ち上がった。それから一目散に台所のほうに向かっていった。
やがて居間に戻ってきたおばあの手には、何かが握られていた。そして席に着くなりーー
端の方をカリッと音を立ててかじった。上には何ものっていない、アイスクリームのコーンだけ? いや、
ちゃんと内側には抹茶味らしきアイスクリームが詰まっていた。
「それ、なんていうアイスや?」
と聞いてみると、おばあは首をかしげた。
「つじ……つじ、なんやら、いうやつや」
抹茶味のアイスで“つじ”といえば、
「辻利か?」
「そうや!」
おばあは叫んで、がぶりとアイスをかじった。
そういえばおばあは、毎回新しいアイスを買ってくる。しかも今回は、京都の甘味処で有名な辻利を選ぶとは……。新しくておいしいものを食べたいという探求心は、やっぱり衰えていなかった。
やっと胸のつかえがとれた僕も、おばあと同じものを食べようと、食後に台所に向かった。そして冷凍庫を開けると、辻利の抹茶コーンアイスは、一本も残っていなかった。仕方なく、子どものころによく食べていたソーダアイスを手に取った。