いつもと変わらないから特別な料理!真鯛の焼いたん、なんきんの炊いたん、マカロニサラダ

焼いた鯛、なんきんの炊いたん、マカロニサラダ、高級茶碗蒸し(太陽食品)など、おばあが用意した晩ごはんのメニュー

メニュー
・鯛の焼いたん
・なんきんの炊いたん
・マカロニサラダ
・「鰹と昆布のだし仕立て海老茶わんむし」(太陽食品)
・サラダ
生:ミニトマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

僕が夕飯の席に着くと、台所にいたおばあが、焼き魚がのった皿を持ってきた。手に持つ皿がまったく揺れないすり足なのは変わらないけど、どことなくいつもと違う。もともと83歳にしては曲がっていない背筋が、普段以上にピンと伸びているし、表情も笑顔というわけではないものの、軽く口角が上がっている。なんとなく楽しそうだ。

「なんか、ええことあったんか?」
「ええこと、ちゅうもんでもないな。いつも通り、当然のことや」
おばあは僕の席に焼き魚の皿を置きながら答えた。いつも通り? 当然? それなのにどうして、いつもより楽しそうに見えるのだろうか?

「何があった――」
クシャ―ン! おばあの盛大なくしゃみに、僕の言葉はさえぎられた。すでに何かの花粉が飛んでいるのか、僕も最近、鼻がむずむずする。おばあも僕も毎年ひどい花粉症にかかるのだ。

おばあの口には、花柄のタオルがあてがわれている。普段おばあは、くしゃみや咳が出ても口元を隠すことはせず、部屋中にまき散らしている。僕がいくら注意しても、口元に手を持っていくくらいの動作が「間に合わへん」といい張る。それが今日は、やけに素直に、僕が注意する前から口元を覆っている。やっぱり今日、何かあって、おばあの心情に明るい変化があったのかもしれない。

おばあはそのままくしゃみを数回繰り返したあと、
「さっさと、食え! 鯛の焼いたん、冷めてまうで!」
と声を張り上げた。

料理も一見、変わったところはないようだけど、よく見ると特別な感じがする。焼き魚はアジでもカマスでもなく、豪華な真鯛。肉厚の身はふっくらと、皮は香ばしく焼きあがっている。塩加減もよく、身からたっぷりとうま味が凝縮したエキスが染み出してくる。

おばあが作ったナンキン(かぼちゃ)の炊いたん

よく食卓に並ぶカボチャの煮物は、いつも以上に煮崩れしていない。煮ると一番に崩れる切り口の角が残ったままなのに、箸を入れるとすっと皮まで貫通する。味も芯まで染みている。醤油はひかえめで、カボチャの自然な甘みが引き立ち、ほくほくとした食感が後を引く。

おばあがつくったマカロニサラダ

なぜか近ごろ、よく出てくるマカロニサラダ。おばあはサラダと名前のつくものには、大量にマヨネーズをかける。マカロニサラダは、マヨネーズに大きな具材がたっぷりと入ったタルタルソースみたいになってしまう。それが今日のマヨネーズの量は、実にちょうどいい。

おばあがスーパーで買ってきた高級茶碗蒸し「鰹と昆布のだし仕立て海老茶わんむし」(太陽食品)

茶碗蒸しはよく買ってくる98円のリーズナブルなやつではなく、黒い容器の豪華版だ。

おばあがスーパーで買ってきた高級茶碗蒸し「鰹と昆布のだし仕立て海老茶わんむし」(太陽食品)の海老

ぷるぷるの表面にスプーンを入れると、海老や枝豆、鶏肉にシイタケ、ゆり根まで、いろんな具材が次から次に顔を出す。

今日のメニューには明らかにいいものが並んでいるし、いつもより手間暇をかけて調理しているようだ。だけどそれは、ぱっと見では、おばあがいったように「いつも通り」でしかない。目を凝らしたときに、特別であることに気がつくのだ。

「そんでおばあ、今日は何があったんや?」
僕が聞くと、おばあは手づかみで鯛の骨を抜きながら
「ムラジさん、退院したんや」
と、平然とした口調でいった。

たしかムラジさんは、体調を崩し、病気の検査のために入院していたのだった。退院したということは、大きな病気は見つからなかったということだろう。それはおばあにとってうれしいことではないのか?

おばあはさっき、今日あったことを「当然のこと」と口にしていた。半世紀来の友人が入院して、心配しないはずがない。でもその一方で、無事に退院してくることを「当然のこと」として待っていたのだ。だからことさら、うれしさを表す必要はないし、これからも、今までと変わらず友人と言葉を交わし、恒例の「食事会」を一緒に楽しもう。そう考えているのに違いない。

だけど僕は知っている。おばあはうれしくてたまらないのだ。「もう、いつ死んでもええ」と、よく口ではいっているけど、本心では仲間と共に永遠に生きるつもりだろう。テーブルの向かい側では、骨を取るのがめんどくさくなったのか、おばあは手づかみにした鯛に、豪快にかじりついていた。