一汁二菜のクリスマス定食

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メニュー
・煮物
厚あげ、ねじりこんにゃく、ごぼ天、たけのこ
・野菜
ブロッコリー、ほうれん草、アスパラガス
・みそ汁
とうふ、たまご、揚げ、玉ねぎ、ねぎ
・ごはん

仏壇の前で毎朝、般若心経を唱えるおばあは生粋の仏教徒。普段は「昭和の雰囲気が残る」とか言われる近所の商店街でも、店先にサンタクロースのぬいぐるみや飾り付けられたツリーが並び、ケーキ屋には人だかりができているというのに、おばあはクリスマスなんてキリスト教のお祝いごとは眼中にないらしい。

いや、眼中にないどころか、信仰心もクソもない日本の若者が商業主義に踊らされうわつくだけの外来の宗教イベントを意図的に、蛇蝎のごとく遠ざけている。おばあにとってはクリスマスツリーと山下達郎はどうでもよく、今日も仏壇と般若心経があればいいのである。そのようなメッセージを僕に送っている。そうとしか思えない。今晩のメニューを目の当たりにすれば・・・・・・。

煮物、みそ汁、ごはんという、日本食で固められた伝統的な一汁一菜に、茹で野菜をプラスした一汁二菜の健康的な献立。いつもなら野菜に、生のトマトがくし形切りで二分の一個そえられているが今日に限ってこれがない。おそらく皿の中が、緑と赤のクリスマスカラーになることを避けているのだ。おばあは普段のルーティーンを変えることを嫌う保守的な性格だが、やると決めたら徹底してやるのだ。

みそ汁をすすると半熟のたまごが沈んでいた。おばあは普段、みそ汁にたまごは入れない。これもアンチ・クリスマスのメニューだとすれば、何か意味が込められているはずだ。たまごといえば、動物性たんぱく質のかたまりだ。そうか! たまごと牛乳でつくられた動物性たんぱく質の豊富なケーキを今日、僕が食べないことをおばあは悟っていたのだ。だからといっておばあがケーキを用意すれば、バレンタインデーに母親からしかチョコレートをもらえなかったみたいに虚しくなる。それをわかっているおばあは、みそ汁の底にたまごを沈め、僕が傷つくことなく動物性たんぱく質を摂取するよう工夫し、栄養のバランスをとっている。そのうえでメニューからクリスマスの雰囲気を巧妙に排除しているのに違いない。

僕はおばあに祝福されている気がして、一汁二菜のクリスマス定食をむさぼった。しかし妙だ。おばあはテレビを見ているばかりで一向に、自分の食事を用意しようしない。なぜなのか聞くと、「もう、腹がいっぱい」だと言う。

まさか、クリスマス・パーティーをしたのかと問い詰めると、「そんなんせえへん」と目を見ずに言う。僕が黙っていると、「みんなで、食事会しただけや。ケーキは食べたけどな!」と、なぜかケンカ腰で宣言された。クリスマス・イヴに、みんなで集まってケーキを食べることを、クリスマス・パーティーというんだよ! と心の中で思わず叫んだ。

僕は無言で台所に行くと、冷蔵庫の中に焼き鮭の切れ端を見つけた。それをごはんにのせると、おばあがお茶をかけてくれた。お茶はとてもぬるかった。