牛すじ入りの数時間煮込んだカレーがおばあの得意料理だったのに、近ごろはレトルトカレーを温めて出すようになった。それに、冷凍シュウマイや冷蔵ギョウザの頻度が増えて、買ってきた総菜ばかりがずらりと食卓に並ぶこともめずらしくなくなった。
出来合いの料理の味は、悪くないどころかけっこうおいしい。だけど、おばあ……ちょっと前までみなぎっていた、料理にかけるあの熱い気持ちはどこに行ってしまったんだ!? 牛すじカレーをつくった日は、どれだけ手間がかかったか、聞いてもいないのに毎回同じ話を楽しそうに語ってくれたじゃないか! 新しい料理も定期的に披露してくれていたのに、最近はメニューが増えることもほとんどなくなった。
だけど、毎晩料理をつくってもらっている立場の僕が、「もっと手づくりのものを出して」だなんていうのも気が引ける。温めるだけの料理は、味について文句はないし、そして何より、調理の負担が少なくなる。
85歳になったおばあには、料理をすることが重荷になってきているのだ。手づくりの料理が食べられないということよりも、おばあの身と心がゆっくりと衰えてきているという現実が僕には辛かった。
最近おばあは、近所の友人の家に遊びに行くことも、めっきり少なくなり、昼間は家でテレビばかり見ているという。おばあの小さな体に満ちあふれていたエネルギーが、緩んだ蛇口から漏れ出すようにじわじわと抜け出ているみたいだ。だからこそ以前のような活力を復活させて、もっと料理をしてほしい。だけど老体に鞭打つようなことも、軽々しく言葉にする気にはなれないのだった。
晩ごはんを食べにおばあの家に行くと、スーパーで買ってきた冷たい料理が、プラスチック容器に入ったまま無造作に放り出してある。なんてことになっていたらどうしよう。まさかとは思うけど、いつかそんな日がやってくるんじゃないか。そんな心配をを消し去ることもできないまま、今晩もおばあの家にやってきた。
そしてテーブルに並んでいたのは、見るからに――
メニュー
・ロールキャベツ!?
・塩サバの焼いたん
・サトイモの炊いたん
・タコとワカメとキュウリの酢の物
・サラダ
生:ミニトマト、玉ねぎの醤油漬け、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス
・ごはん
全部手づくりやんけ!
「おいしそうやな。おばあ、まだまだできるやん」
僕は席に着きながらいった。
向かいの席でぼんやりとテレビを見ていたおばあは、僕に目も向けずに、
「え? なんや?」
と答えただけだった。近ごろは、僕が来るのも待たず、先に夕飯を食べ終えてしまうことが多くなった。こらえ性がなくなってきているのも気になる……でも、今晩はそんなことはどうだっていい!
目の前には、おばあの手料理ばかりが並んでいるのだ。
丁寧に皮をむいたサトイモの炊いたんに
ちょっと焼きすぎて表面がカリカリの塩サバ、
定番の酢の物に、
いつものサラダには、ドレッシングまでかかっている。これこそおばあがつくった献立だ。
それに加えて、ひときわ目を引くのは、なんと――
ロールキャベツ! ここで見るのも食べるのも初めてだ! だけど、喜ぶのはまだ早い。見た目は手づくりっぽいけど、これを本当におばあがつくったのだろうか。
ミンチを混ぜて丸めたものを、ひとつずつキャベツでくるんで、コンソメスープで煮る。そんな複雑な工程が、果たして今のおばあにできるのだろうか。同じくミンチをこねるハンバーグも、もうつくることはできないのに……。聞きたいことはあるけど、ひとまず食べてみよう。
キャベツに箸を入れて半分に割ると、しっかりと中身が詰まっていた。顔を近づけると食欲をそそるコンソメの香りが漂ってくる。
半分を口に入れると、さらに強いコンソメの香りがして、柔らかなキャベツからスープがじんわり染み出した。噛むとキャベツとミンチの食感のコントラストがあって、味は……うまい、というより……塩辛い! この半分だけで、ごはん1杯はいけそうだ。
さてはコンソメのキューブを入れすぎたな、おばあ。僕も一人暮らしのころに使っていたからわかるけど、あのキューブは指先でつまむほど小さいのに驚くほど味が出る。慣れないものを使うから……。でも、これでわかった。おばあはこのロールキャベツを自分でつくったのだ!
「それ、味はどうや?」
おばあが聞いてきた。僕より先に食べているはずだけど、味がいいのか悪いのか、よくわからないのかもしれない。おばあはもともと濃い味付けを好むうえに、これははじめてつくった料理だ。僕の感想が気になるのもうなづける。
ちょっと辛すぎやで、これ。なんて正直に答えられるわけがない。新しいことがなかなか覚えられなくなっているおばあにとって、ここまで完成させたのはかなり苦労したのに違いない。僕がネガティブな感想を口にしてしまうと、もう二度とつくってくれないだろう。
「うまいわ。よくつくったな、これ」
と僕は答えた。そしてもう半分のロールキャベツを口に運び、ごはんをかきこんだ。コンソメの濃厚なうま味と塩味で、塩辛のようにごはんがすすむ。
「そうかあ」
とおばあは満足そうにつぶやいて、またテレビのほうに向きなおった。
僕の皿には塩辛いロールキャベツが、もう一個残っている。今晩はもう一杯くらいごはんをお代わりしても、「太るから、あかんで!」と怒られることはないだろう。そう思いながら、これまたごはんがすすみそうな塩サバに箸を伸ばした。