メニュー
・酢鶏?
牛肉のうす切り、玉ねぎ、鶏の唐揚げ、ピーマン、にんじん、たけのこ
・たけのこの炊いたん
・酢の物
ワカメ、タコ、きゅうり
・サラダ
生:トマト、春キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
おばあがつくる酢豚には、豚肉の代わりに鶏のから揚げが入っている。家で豚肉を揚げるより、商店街の総菜屋で鶏の唐揚げを買ってきた方が、たしかに手間はかからない。味も大して変わらないので、出来合いの唐揚げを使っているらしい。僕は長年、酢豚を口にしていると信じ切っていたので、肉が豚肉ではないなんて思ってもみなかった。去年、肉の秘密が判明してからも、おばあはまだ酢豚といい張るけど、僕はこの料理を酢鶏と呼ぶようになった。
酢鶏の味付けは袋入りの酢豚の素。濃いめの味が好きなおばあは、酸味と甘みが効いた味付けと、調理の手軽さを気に入ったらしく、しょっちゅう酢鶏をつくる。味もつくり方もおばあにとって文句のない、完成されたスタイルだと思っていた。だけど、そうではないらしい。
今晩の酢鶏には、豚肉だけは入れるものかという強い意志を感じる。酢鶏というより牛酢鶏とでも呼ぶべきか。調理の工程を省くために鶏の唐揚げを使っていたはずだけど、別の肉をわざわざ買ってきて追加するのは面倒じゃないのか。多少の手間をいとわないということは、このほうがおいしくなるとおばあは考えたのだろうか。
「今日の酢鶏、変わったもんが入ってるな」
僕がいうと、
「そうやろ。たけのこ、ぎょうさんもろたんや!」
とおばあは力強く答えた。そうそう、たけのこは酢鶏にぴったりだけど、最近までは時期が違うので入っていなかったよね……ってちがうわ! たけのこを食べられるのはうれしいけど、酢鶏の具材としてはおかしくない。あくまでおばあは、牛肉を加えたことについてシラを切るつもりか。素直に答えればいいのに、意味がわからない。おばあがとぼける気なら僕は直球で聞いてやる。
「なんで牛肉を入れたんや?」
「そら、ええと思ったからや」
おばあは視線をそらせて開き直る。
「ええというのは、うまいということか?」
「それ以外に何があるんや!」
おばあは怒声を上げた。しまった! 短気なおばあは、僕が質問を重ねるとすぐにキレて機嫌が悪くなる。だけど今日のおばあは違った。すぐに穏やかな表情に戻り、
「たけのこも、うまいから早よ食うてみい」
とまた、たけのこを推してくる。
いわれた通り、たけのこを一切れ口に運ぶ。絡んだあんの甘くて酸っぱい味わいと、細かな繊維がシャキシャキと潰れる食感がクセになる。季節外れに食べる、おばあが冷凍庫で保存していたものや、真空パックで売られているものより歯ごたえがあり、採れたばかりの鮮度の良さが感じられる。牛肉もたしかにうまかった。鶏の唐揚げも一緒に味わうことができて、ちょっと贅沢な気分になる。
酢鶏の皿の隣には、たけのこだけのシンプルな煮物もあった。頬張ると、ダシが効いた味付けがたっぷりと染み出し、心地のいい食感を口いっぱいに楽しめた。飲み込むより先に、また箸を伸ばさずにはいられなかった。
酢鶏の牛肉とのコンビネーションも飽きさせないし、さらに酸っぱい酢の物も箸休めにちょうどいい。だけどおばあのおすすめは、たけのこなのである。
すべて食べ終え、空の食器を台所に運んでいくと、シンクのタライには、煮物一切れ分の大きさに切られたたけのこが水につかっていた。アクを抜いているのだろう。たけのこは丸ごともらっても、皮をむいたりアクを抜いたりする下処理が面倒だ。大量にもらったたけのこを、おばあは順次、下ごしらえしているらしい。おばあはその手間の分、よりおいしくたけのこを食べてもらいたかったのだろう。
僕が居間に戻ると、
「明日もたけのこやで!」
とおばあがいった。しばらくたけのこが続くのは覚悟しているし、むしろ嬉しいくらいだ。
「明日も楽しみやわ!」
と僕は返事をした。