メニュー
・鶏の唐揚げ
鶏もも肉、 〈ヒガシマル醤油:揚げずにからあげ鶏肉調味料〉
・筑前煮
鶏もも肉、ごぼう、にんじん、れんこん、こんにゃく
・インスタントのスープ
〈ポッカサッポロ:ハッピースープ ポタージュ〉
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
おばあはよく鶏肉を料理に使う。部位は脂がのった皮付きのもも肉か、皮に加えて骨まである手羽先や手羽元と決まっている。それが昨日、珍しくむね肉を買ってきた。大きめに切って煮物にすると、脂が少ないので噛めば噛むほど水分が抜けて固くなった。骨もないので、手づかみで豪快に肉をかじり取る、おばあが好きな食べ方もできなかった。
ヘルシーなむね肉を選んだのは、近ごろ太り気味の僕の体型と健康を気づかってのことだった。だけどおばあは、久しぶりに口にしたむね肉の食感や味がよっぽど気に入らなかったらしい。
昨日のリベンジとばかりに、おばあが今晩のメインのおかずに選んだのも鶏肉だ。しかも調理方法は、表面が油で照り輝いている唐揚げ。衣に小さな丸い粒が混じっているのは、鶏肉にまぶしてフライパンで焼くだけで唐揚げができる粉、〈揚げずにからあげ〉を使っているからだ。たっぷりの油で揚げるよりも太りにくそうな方法を選んだのは、僕の体型を気にしてのことだろう。鶏肉はもちろんむね肉ではない。衣をまとっていてもわかる、皮付きの見慣れた形はもも肉だ。
昨日のリベンジとばかりに、今晩の料理にはかなり気合が入っているらしく、木綿豆腐にはイクラの醤油漬けまでのっている。紅白でめでたい色合いの、副菜と呼ぶにはあまりに豪華な冷奴を、僕ははじめて見た。
まずは冷奴をいただく。いつもなら多めにかける醤油はいらない。ひと粒でも口に放り込めば確実にごはんが欲しくなるイクラの醤油漬けだ。豆腐もごはんのように白いまま、それ自体では少し物足りないくらいがベストなはず。豆腐をひとくち、そしてすかさずイクラを3粒ほど口に入れた。思った通りだ。醤油はいらない。ぷちぷちとつぶれて飛び出すイクラの味に、大豆のほんのりとした甘さとやや固めの木綿豆腐の食感が絶妙に合っている。
おばあはイクラを食べないのに、こんなありそうでなかった組み合わせを思いつくいたのは素直にすごい。昨日、むね肉の味に後悔した反動で、今晩の料理に力を込め、勢いあまって豆腐とイクラのオリジナル料理を生み出したのだ。
フライパンでつくった唐揚げは、衣の焦げがけっこう目立つ。これまでおばあは〈揚げずにからあげ〉を使っても、黒く焦がしてしまうことはなかった。やっぱりおばあは、調理中に力みすぎていたらしい。コンロの火力もついつい強めに設定したまま加減するのを忘れてしまったのだ
汁ものがみそ汁ではなく、インスタントのポタージュスープというのも、料理に臨むおばあのただならない気持ちの高揚とセンスを感じさせるし、鶏もも肉入りの筑前煮はつくり立てなのに3日めのように煮詰まっている。
テーブルの向かい側に座るおばあに目を向けると、いつも泰然としているのに今日は表情が固い。おばあは箸でつまんだ唐揚げを眉間にシワを寄せて見つめ、ひと口かじって首をかしげた。
僕も唐揚げを頬張る。衣は普段よりも香ばしい。カリッとした歯ごたえは悪くないけど、焦げの苦味がある。それに塩が効きすぎている。〈揚げずにからあげ〉は十分に味が付いているのに、おばあはそれを忘れて、塩をふり過ぎてしまったのだ。
「こりゃあ、あかん! 失敗したわ!」
とおばあは大声でひとり言をいった。僕はただの失敗じゃないことを知っている。おばあの今日のメニューに対する力の入れようを思うと、唐揚げの多少の焦げや塩辛さなんてどうでもいい。僕は箸でつまんでいた唐揚げの残りの半分を頬張った。