冷蔵庫の「黄金の味」に重大な問題発覚!でも焼き加減は最高!和牛のいい肉の焼いたん

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メニュー
・牛肉の焼いたん
・煮物(2日め)
大根、糸こんにゃく、ちくわ
・明太子(博多みやげ)
・みそ汁
白菜、玉ねぎ、たまご、青ネギ
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

肉だ! 焼いた牛肉が皿に山盛りだ! よく見ると脂が、細かな網目状に縦横無尽に走り、肉の表面が透明な溶けた脂でうすくコーディングされ、美しく照り輝いている。これは格安の輸入牛肉の細切れでもなく切り落としでもなく、ちょっといい国産牛肉の焼肉用ロースに違いない。

しかもまったく焦げていない! 肉の表面全体に熱が均一にとおって色が変わった、絶妙な焼き加減だ。先日、食卓に並んだ焼肉用の牛肉は、ひと目では肉かどうかもわからなないほど黒く無残に焼け焦げていた。

すこし苦くても完食できたのは、あの肉の上質な脂が水分とほのかな甘味をぎりぎり食べられる状態に保っていたからだ。もしかすると今日の肉と同じ品質のものだったのかもしれない。おばあは一度、調理に失敗した食材に挑み、見事にリベンジを果たしたのだ。

テーブルの中央には、塩の小瓶が置かれている。いつもは台所でほかの調味料と一緒に並んでいるものをおばあがわざわざ持ってきたらしい。皿の上の焼いた牛肉はこの塩で食べろ、ということだろう。

さすがおばあ、塩で食べるなんて、芦屋で神戸牛のちっちゃなステーキを食べる食通みたいだ。これこそ焼いた牛肉の素材のおいしさを最大限に味わう方法なのかもしれない。「おいしんぼ」の海原雄山も〈料理とは、素材にほれこんで、その素材の美味しさを一つでも多く引き出してやることなのだっ!!〉と喝破している。

だけどこの塩は、岩塩のような自然塩でもなんでもない。ほかのミネラルは何も入っていない、お徳用の、ただしょっぱいだけの塩化ナトリウムだ。それにやっぱり焼肉はタレで食べたい。冷蔵庫に「黄金の味」があったはず。

僕が席を立とうとすると、
「タレがいるんか」
テーブルの向かい側に座るおばあがいった。
「そうや」
と僕はうなずいた。
「……やめといたほうがええ」
おばあは静かにいった。僕が大変な間違いを犯そうとしているようないい方だ。いつもの怒気を含んだ大声ではないところに、底知れない説得力を感じる。

それほど塩で食べることにこだわるなら、塩化ナトリウムとは一味違う天然塩を用意してほしかった。近所のダイエーにも少量だけど安価で売っている。

もしかしておばあは以前焦がしてしまったとき、タレをからめて脂の多い肉を焼いたことが原因だと気付いて、タレを毛嫌いしているのではないか。おばあは論理や数字よりも感情を優先して行動するからそれもありえる。

今日の牛肉は焦げていないし、後からタレをつけることは何も問題がない。だから僕はタレで食べる! おばあはせっかくの国産牛に味気ない塩化ナトリウムをふりかけていればいい。そう思って、席から離れようとすると、
「だから、あかんねや!」
いつもの口調でおばあがいった。僕もたまらずいい返す。
「なんでや!」
「タレは、賞味期限が切れとるんや!」
それを聞いて、僕はおとなしく引き下がった。

一ヶ月くらいなら賞味期限が切れていてもおばあは平気で口にする。それなのに僕を強い口調で引き止めるくらいだから、三ヶ月以上、いや、一年は過ぎてしまっているだろう。腐っているかもしれない。それなら断然、塩のほうがいい。

皿の端に塩を振り、そこにひと切れ、肉をつけて口に運ぶ。表面はてかてかと輝いているのに脂はさらっとしていてしつこくない。食感はとろけるほどではないけど、ほどよい固さで口の中で簡単にほどけていく。脂のまろやかさと塩が、もともと濃い肉の味をさらに際立たせている。この塩でもじゅうぶんうまい。

だけど、甘辛いタレでも味わってみたかった。そういえば先日の焼け焦げた肉はタレをからめて焼いていた。もちろんあのときから賞味期限はとっくに過ぎていたはずだ。タレ自体の味は悪くなかったと思う。ひと切れにちょっとつけるだけなら……いや、なんとなく酸味が強かった気もする。今日は好物を前にして僕のほうが感情に動かされ、おばあは賞味期限という数字に忠実だ。

新しいタレはおばあが買うだろうから、近いうちに僕はダイエーで岩塩を買ってくればいい。そう思って、僕はまた牛肉をひと切れ口に入れた。