メニュー
・焼きビーフン
ケンミン〈即席焼ビーフン(味付けタイプ)〉、鶏肉、切り干しにんじん、ピーマン、たけのこ
・塩さば
・大根おろし
大根、じゃこ
・サラダ
生:ミニトマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
そうめんのように細い、やや透き通った、うす茶色の麺。汁はなく、鶏肉やピーマンなどの具材と一緒に油で炒めてある。醤油を熱したような香ばしいかおりが食欲をそそる。焼きビーフンを食べるのは何年ぶりだろう。6年ほど前からおばあの料理を食べるようになって、はじめてのことだ。頑固だけど単純なおばあはテレビの情報にすぐ流される。最新のケンミンの焼きビーフンのテレビCMに、おばあの食欲が刺激されたのだろうか。
テーブルの向こう側に座るおばあに、ビーフンをつくったいきさつを聞くと、
「この前、食事会に出てきて、うまかったんや!」
と力強く答えた。“食事会”というのは、おばあと同年代の近所人たちが、持ち寄った料理を食べながら、昼から夕方までしゃべり続ける80代だけの女子会のこと。
先日、おばあははじめて調理に挑戦したパスタの茹で方がわからず、僕が手伝った。でも焼きビーフンは、“食事会”でお手本を食べていたからか、とてもおいしそうにできている。
まずは麺をひとくちすすると、懐かしい風味が口の中に広がる。細くてつるつるとした麺は、噛むと適度な弾力があり、うすく油をまとっていて喉越しもいい。うどんやそうめん、インスタントラーメンなどの麺類だと、総入れ歯で固いものが苦手なおばあは、箸でつかめなくなるほどやわらかく茹でてしまう。だけど焼きビーフンなら、味のついた乾燥麺を少しの水を入れて戻すだけだから固さがちょうどいい。
次は具材も一緒に頬張る。大ぶりの鶏肉に苦味のあるピーマン、歯ごたえのいいたけのこ、そしてにんじんは煮物にも使う千切で天日に干したもの。甘味が増し、少しやわらかくなって食べやすい。
はじめてなのに会心の出来で、おばあはさぞ満足しているだろう。そう思って向かいの席に目をやると、焼きビーフンを頬張るおばあの眉間にしわが寄っている。口の中のものを飲み込むと、不満そうに首をひねった。
「袋に書いてある通りにつくったんやけど、この前食べたのとちゃうわ。麺はこんなに長うなくて短かった。そいで、もっとやわらかかったんや!」
おばあは焼きビーフンの調理に失敗したとでもいいたげだ。
“食事会”に出てきた焼きビーフンは、後期高齢者の好みに合うようカスタマイズされていたらしい。短く折られた麺は吸い込む力が弱くても口に入り、多めの水でふやかして入れ歯でも難なく噛めるようになっていたのだ。
80代仕様の焼きビーフンが次に出てきたとしたら、僕は皿いっぱい食べる自信がない。かといって、出てきた料理に僕が意見すれば、頑固なおばあは機嫌を損ねてしまう。そしてスプーンが必要なくらい短く、水をたっぷり吸った麺の面影すらない焼きビーフンが食卓にのぼることになるだろう。
今日つくった焼きビーフンこそ“正解”だと思ってもらうため、僕は「うまい、うまい」とひとくちごとにいいながら、深皿に山盛りの量を平らげた。するとおばあは、
「3人前つくったから、台所にまだあるで!」
と満足そうにいった。眉間のしわは消えて表情はうれしそう。よかった。たぶんまた、おいしい焼きビーフンが食べられる。
僕はすでにお腹がいっぱいだったけど、台所に行っておかわりした。油をけっこう使っているはずなに、油っこくもしつこくなく、すべて食べきることができた。
空になった僕の皿を見たおばあは、さらにうれしくなったらしく、満面の笑顔を浮かべた。そして椅子から立ち上がり、台所からボトルを持ってきた。
「油っこくなくて、ようけ食えたやろ。今日はこれを使ったんや!」
そういいながら誇らしげに胸を張りテーブルに置いたのは、オリーブオイルのボトルだった。この油のことも“食事会”で知ったのかもしれない。