メニュー
・牛肉の焼いたん
和牛のいい肉? エバラ〈黄金の味〉
・筑前煮
鶏肉、ちくわ、こんにゃく、ごぼう、にんじん
・なます
大根、にんじん、さば
・みそ汁
白菜、豆腐、わかめ、青ねぎ
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
焼肉屋の肉を焼く網の上に、焼け焦げてしまった肉が、誰にも手を付けられずに放置してある。網を囲む誰もが満腹になってきて、黒く縮れた肉が端の方に少しずつたまっていく。見かねた店員が、煙を上げて炭になりつつある肉を皿にとり、厨房のゴミ箱に持っていく。その皿が何かの間違いで、僕の夕飯として目の前に並んでいる! そうとしか思えない。
この真っ黒い塊が肉であることは、焼肉のたれの甘辛い香りと、わずかに色のうすい脂身があることでかろうじて判別できる。
骨付きのぶ厚い鶏のもも肉なら、フライパンひとつで絶妙な加減で焼き上げるおばあなのに、どうしたのだろう。今日の肉は、周りが生焼けになりやすい骨もなく、厚みもうすい。おばあが得意とする鶏のもも焼きよりも簡単に、ちょうどいい加減に焼くことができそうだ。
テーブルの向かいのおばあの前には、黒い塊がのった皿はない。総入れ歯のおばあは、固いものが噛めないから、焼きすぎた肉は食べないのだ。もしかして僕の皿には、おばあが食べようとしていた分まで盛られているのではないか。焼きすぎて縮れて小さくなっているから、本来は倍の量だったはずが、ひとり分に見えるほどぎゅっと圧縮されているのかもしれない。たぶん、捨てるのがもったいなかったのだ。それを僕に食べさせて、三角コーナーも汚すことなく、都合よく処理しようとしているのに違いない。
こんな苦くて固そうな肉、僕だって食べたくない。体にも悪そうだ。僕も焼きすぎた肉が好みじゃないことは、長年の付き合いでおばあも知っているはず。黒焦げの肉を出したところで残すだけだ。おばあは一体、どういうつもりなんだ。
料理を前にした僕が箸をつけずにいると、
「嫌なら、食わんでええ!」
おばあが声を張り上げた。
食わんでええなら出すなや! といい返したかったけど、空腹なのでじっとこらえた。黒い肉以外の料理はおいしそうだし、何も食べるなといわれると困る。
しかし腹が立つ。このまま引き下がるのも腹の虫がおさまらない。そうだ。ちょうどお腹が減っていることだし、食ってやろうじゃないか。
僕は箸を持ち、力を込めて黒い塊をひと切れつまんだ。思ったよりも弾力がある。箸がめり込んだところから透明な脂がしたたり、皿にしずくがぽとりと落ちた。どういうことだ。脂の量が尋常じゃない。焼かれすぎて水分が飛んで固くなっているどころか、肉全体がみずみずしいほどの脂を含んでいる。
口に入れると……苦くない。たしかに表面は固くカリカリになっているけど、内側はやわらかく、簡単に噛み切れる。染み出してくる脂はしつこくなく、さらっとしていて甘味すら感じる。
これはもしかして、けっこういい肉なのでは。霜降りとまではいかないとしても、輸入品でないことは間違いない。おそらくそこそこのグレードの和牛だろう。普段、牛肉はあまり食べない僕にでもわかるおいしさだ。
脂がまんべんなく広がる和牛のいい肉は、火が通りやすく焦げやすいのだろう。しかも焼肉のたれをからめて焼いているので、肉のみよりも焦げ付きやすい。そういった条件が重なって、おばあは肉を焼きすぎてしまったらしい。
それにおばあははじめから、ひとり分の肉しか買っていなくて、僕にだけ出してくれたのだ。さっきいい返さなくてよかった。
食べ終えたら何といおうか。僕は肉をひと切れほおばって、考えることをやめた。まずは黙ってじっくりと久しぶりの焼肉を味わいたい。