満腹で孫に食わせる牡蠣フライ

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メニュー
・牡蠣フライ
・みそ汁
白菜、春菊、しめじ、サトイモ、青ネギ
・なます
大根、にんじん、さば
・野菜
(生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、ほうれん草、アスパラガス〉
・ごはん

きつね色に揚がった衣は、キメの細かなパン粉を使用。厚みにムラがなく、うすく均一に、瀬戸内海産の大ぶりな牡蠣の表面をおおっている。細かなパン粉がびっしりとついているので尖った部分がなく、口に入れると一瞬、ビロードのような滑らかな感触。噛むと軽い力で、サクッと衣が割れる。閉じ込められていたジューシーな牡蠣の身が飛び出し、穏やかな瀬戸内で蓄えられた濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。

少し遅めのお歳暮でとどいた殻つきの牡蠣。昨日は殻のまま蒸したやつをおばあと競ってむさぼった。ぜんぶ食べたと思っていたけど、まだ残っていたのだ。それをおばあはフライにした。いや、残ったものをフライにしたというより、フライにして食べるために残していた。牡蠣は蒸すのもいいけれど、たくさんもらったなら、フライにしないなんて考えられない。揚げ物のなかでも、牡蠣フライのおいしさは最高峰だ。牡蠣と揚げ物が好きな者同士、おばあも同意見だろう。

ところがおばあが、野菜の皿にとったのは2つだけ。
「あとは食べてええ」
と意外なことをいう。昨日、孫に負けない旺盛な食欲を発揮し、競い合って牡蠣を食べたとは思えない。昨日食べすぎたせいで、胃にずっしりとくる油ものを口にしたくないのだろうか。おばあの茶碗に入っているごはんの量も、いつもよりかなり少なめだ。だけど腹の調子が悪いなら、牡蠣フライは次の日にするとか、万全の状態で好物を食べられる方法はあったはずだ。

もしかしておばあは、かなり深刻な体調不良を抱えているのか。回復するまでに日数がかかることを悟り、牡蠣が悪くなる前に孫にだけはフライを食べさせてやろうという優しさを込めて、さっきの言葉を口にしたのか。

だけどおばあの顔色はよく、ほおの皮膚にハリがあり、揚げものをつくっていたお陰かピカピカの脂でうるおっている。見た目から判断すると、体調はむしろ絶好調だ。

おばあの不可解な行動のことは、ひとりで牡蠣フライを食べはじめるとすぐに忘れた。3つほど平らげ、これにレモンを絞ってみたくなって顔を上げた。すると、おばあが目をつぶって動かなくなっていた。安らかな寝息をたてている。皿の料理はほとんど残ったままだ。僕が食事中にスマホを見たりして、食べることに集中しないとおばあは怒る。それなら眠ってしまうのも問題だろう。

声をかけて起こすと、おばあはあくびのあと、大きなげっぷをした。どうやらもう、腹がいっぱいで眠くなったらしい。それなのにテーブルの料理が残っているということは、夕飯の前に食べたとしか考えられない。では、なにを? もちろん牡蠣フライだ。

夕飯の前、台所では、揚げたてで最高の状態の牡蠣フライが、おばあの目の前にどんどん並んでいた。ひとつくらい味見を、と思って手を伸ばしたら最後、後戻りはできない。僕なら満腹になるまで食べてしまう。昨日の牡蠣の食べっぷりからすると、おばあもこらえることはできないだろう。ただ、それがほんとうかどうか、おばあの満ち足りた顔を見ていると聞く気にはなれない。

僕は立ち上がり、レモンを取りに台所に行く。するとすでに絞り尽くされた半分が、流し台に転がっていた。