ほんの数ヶ月前まで、おばあが料理をしていたころ、得意の煮物料理にはよく大根が入っていた。大きな輪切りでおでんの具にするのはもちろん、短冊切りや拍子木切りなどさまざまな形で、すき焼きや『ごった煮』にも入っていた。
どの料理の大根も、おばあがひとたび調理すれば、芯まで味がしみて柔らかく、ごはんにもぴったりな絶品のおかずになっていた。
おばあが大根をよく使うのは、子どものころから馴染みがあって、味も「大好きや」と珍しく素直に教えてくれた。
好物の『大根の炊いたん』を食べれば、おばあはますます元気になって、また一歩料理ができる状態に近づくはず!
だからおばあに食べさせるべく、僕も挑戦することに決めた! とはいえ、僕の感覚を頼りに適当に煮るわけにもいかない。おばあの好物だからこそ、かつて作ってくれたようなおいしいものでなければ満足してくれるはずがない。
おいしくつくる方法は、ネットで検索……するより、すぐそばにいる調理経験半世紀以上の最高の先生、そう、おばあに聞けばいい!
というわけで、居間で座っているおばあと台所を往復し、言われたとおりに調理した。おばあは久しぶりに『大根の炊いたん』が食べられるというのに、何だか面倒そうに僕の質問に答えた。
どうせ、はじめからうまくできるわけないやろ。期待なんてしてへんから、さっさと作れ。そんなおばあの心の声が聞こえてくるようだった。
だからこそ、いきなりおいしく作ってやる! とかえってやる気がわいてきた。
おばあのアドバイスは単純だった。味付けはダシに醤油、みりん、砂糖という、和食の基本のみ。あとはとにかくじっくり煮込むだけだ。ダシは鰹節がなく、粉末になってしまったけど失敗する要素なんてない。
全体が透き通ったところで味見をすると、芯までやわらかくおばあの味に近く、これなら合格点がもらえそうだ!
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切り方は、箸が持ちづらいおばあがスプーンでもすくえるように『さいの目』にした。あえて大きめにしたのは、大根の食べごたえも楽しんでほしいから。
おかずは他にも――
豚肉と玉子を混ぜてレンチンした、タンパク質たっぷりの『豚肉とたまごの酢豚ソースがけ』。それにニンジンや、ほうれん草と小松菜と舞茸をあわせた『レンチン温野菜』をワンプレートに盛り付けた。
電子レンジ料理はお手軽にできるだけじゃなく、野菜の甘みが出るのでおばあも気に入ってくれている。
ごはんはおにぎりにして、僕も好きな――
ブラックペッパー入りの『ペパたま』ふりかけをまぶした。甘みがあってスパイシーで、おばあも好きな味だ。
だけど問題は、メインの『大根の炊いたん』。
おばあの味に近いし、まずくはないと思うけど……おばあがひとくち食べると、
眉間にシワをよせて、
顔をしかめている。
まさか、おいしくなかった!? ドキドキしながら感想を聞いてみると、
「…おいしいよ」
と言ってはくれたけど、なんだか声の調子が重く沈んでいる。
久しぶりに食べた『大根の炊いたん』だから、あまりにうれしくて、言葉もうまく出てこない……ってこと!? そうだよね? そうであってくれ、おばあ!
祈るように点数を聞いてみると、
「70点」
と顔も上げずに言われた。
60点が合格ラインなら、そこは越えているけど、70点て、これまでで最低の点数やんか、おばあ!
いつもは完食してくれるけど、今日の『大根の炊いたん』は残してしまうのか……そう心配したけど、おばあは全部食べきってくれた。
やっぱりおばあの得意料理だからこそ、ちょっとやそっとじゃ高得点は与えてくれないのだ。
つまりこの点数には、まだまだおいしくできるから頑張れや! というおばあの叱咤激励が込もっている! だからもっと精進するしかない!
これまで僕の人生で無縁だった、『技術は見て盗め』という職人の師弟関係の世界に足を踏み入れた気分だけど、まったく嫌な気はしない。むしろこの機会に、おばあの調理技術を会得してやろうと、ますます闘志が燃え上がってきた。