80代後半にもなると手足の関節にガタがきて、思うように動かせなくなったとおばあは毎日のようにぼやいている。だから機械に油をさすように定期的に整骨院に通い、関節をストレッチして、傷みがひどいときには鍼治療まで受けて、なんとか動かせるようにメンテナンスしている。
毎日おいしい料理を生み出す、おばあの手が動かなくなったら……考えるだけで目の前が暗くなる。おばあが料理を作り続けるためなら、僕にできることは何だってやる。
今日は念入りに治療をするというので、僕が代わりに買い物に行ってくるとすすんで申し出た。やるべき仕事があるけど、おばあの手伝いが最優先だ。
おばあは人一倍プライドが高くて、誰かに頼ることを嫌うから、以前なら「買い物くらい自分で行くわ!」と断られた。だけど近ごろ、やっと頼ってくれるようになって、僕が代わりに買い物に行くことも増えてきた。
とはいえ、何を買うかはおばあが決める。今日は鍋をするからその食材を買ってくるようにと、前日に指令を受けていた。
「味付けは何がいい?」
と聞くと
「好きなもの買うてこい!」
と言うので、僕の独断で鍋の素を選んだ。それは定番の味噌味でも、おばあの好物のキムチ味でもなく――
『完熟トマト鍋スープ』!
スーパーの鍋コーナーで一番攻めている味だけど、僕が『好きな』トマトの鍋を食べてみたかったから迷わず手に取った。
僕もおばあも、トマト鍋なんて食べたことない。だけどおばあはこれまでさんざん、僕が驚く組み合わせの料理を『発明』してきた。
食べることに関しては、おばあは僕以上にチャレンジ精神あふれている。鍋料理も『タコさんウインナー』を大量に投入したり、焼売やだし巻き玉子を加えたり、『こてっちゃん』や牛スジを一緒に煮たり……僕のような常人には思いつかないコンビネーションを次々と生み出してきた。しかも驚くのは見た目のインパクトだけじゃない。食べると味も絶品で、驚きが何度もやってくる。
トマト味の鍋があると聞けば、むしろよろこんで作ってくれるはず!
買ってきた食材をおばあの家に置き、僕は家に帰って急いで仕事の続きにとりかかった。そして晩ごはんの時間になり、おばあの家に向かうと――
玄関の戸を開けた瞬間、甘酸っぱいトマトの香りに包まれた。洋食屋の自家製ケチャップのような香りで食欲がそそられる。トマト鍋、ちゃんと作ってくれている! うれしくなって居間に急ぐと――
テーブルには、大きな鍋がのっている。早速、席につくと、おばあが鍋のフタに手を伸ばす。
そのおばあの眉間にはシワが寄り、何だか険しい表情をしている。おばあはいつも晩ごはんを、僕より一足先に食べ終えている。今日も先に食べているはずだから、この表情はまさか……トマト鍋、失敗だった!?
僕の心配をよそに、おばあがフタを開けると――
さらに濃厚なトマトの香りが立ち上った。匂いはいいけど……そう思って中を見ると――
トマト色に煮込まれた具材がひしめいている! 色も悪くないけど、もしかして油揚げとかコンニャクとか和風の食材が合わなかったのか?
「トマト鍋、おいしかった?」
とおばあに聞くと
「そら、食べたらわかるわ!」
と意味深な返事。おいしいか、おいしくないか、どっちなんだい、おばあ!
そして言われた通り――
小皿によそって食べてみると、凝縮したトマトのうま味が、厚揚げや鶏肉、ニンジンにも染みていて……これ、めっちゃおいしいやんか、おばあ!
向かいの席のおばあに目をやると――
にやりと笑っていた。その口元をよく見ると――
うっすらとトマト色に染まっている!
おばあもこのトマト鍋がおいしくて、たっぷり味わったらしい。さっきの表情はツンデレおばあの『ツン』の部分だったのに違いない。
他にも僕が買ってきたアジは――
絶妙な焼き加減に仕上げてくれている。(ポン酢を買い忘れたので、黒酢をかけてみたら、これまた絶品だった!)
それにサラダのキャベツはいつも生だけど――
今日は珍しく湯がいてある。(サラダはトマトを買い忘れたので、キャベツのみ)
メニュー
・トマト鍋(KAGOME『完熟トマト鍋スープ』)
鶏肉、油揚げ、厚揚げ、白菜、ごぼ天、こんにゃく、ニンジン
・アジの塩焼き
・キャベツのサラダ
・ごはん
この湯がいたキャベツは、寒くなってきたから、お腹が冷えないようにというおばあの優しさ、つまり『デレ』の部分が現れている! トマト鍋も想像以上においしかったけど、一番うれしいのは温かいキャベツだ。
夢中で食事を終えて、
「整骨院、どうだった?」
と聞くと、
「そら、嫌やったら行かんわ!」
となぜかキレ気味に言われた。トマト鍋の感想と同じくはっきり言わないのは、『すごくよかった』という意味で間違いない!