おばあはカレーが得意料理だったのに、イチからつくるのをやめ、パウチ入りのレトルトカレーで済ませるようになった。理由を聞くと、「こんなに簡単なもんがあるなら、つくらんでもええわ」とのこと。
レトルトカレーの存在を最近になって知ったらしいのも驚きだけど、そんなに「簡単」に手づくりカレーを封印してしまうのもどうかと思う。
おばあはこれまで二十年以上、試行錯誤を重ね、数々の隠し味を調合した牛すじ入りのカレーを生み出した。大鍋でカレーをつくるのは、高齢の体にこたえるのはわかるけど……出してくれたレトルトカレーを口に運ぶたび、ええのか? ほんまにこれでええのか? と心の中で問いかけずにはいられない。
レトルトでも具材をちょい足しして、それなりに工夫はしている。80代の半ばをこえてまだ調理ができるだけマシと考えなければ。だけど、おばあがイチからつくったあのカレーの味を思い出すと、どうにもあきらめきれない。
今でも玄関の戸を開けると、ルウを多めに投入した、おばあ特製カレーの濃厚な香りがただよってこないだろうかと期待してしまう。そして今晩も、僕はおばあの家の戸を開ける。すると……カレーだ! カレーのにおいがする! あまりにカレーのことを考えていたから、ありもしない香りをかいでいるのか!?
いや、これはまさしく、僕が長年かぎ続けてきたおばあ特製カレーの香り! レトルトカレーを温めただけの控えめな香りじゃない、大鍋でグツグツ煮て立ち上る濃密な芳香だ!
居間に駆け込むと――
おばあは先に食事を終え、テレビを見ながらうとうとしていた。
「カレー……つくったんやな」
息を切らせながらたずねると、
「ああ、つくったで。自分で入れてこいや」
おばあは当然のことのようにいい、また目を閉じてまどろみはじめた。
一体、どういうことなんだ!? どうしてまた急に、カレーをレトルトではなく、手づくりしたんだ。今回だけ気まぐれでつくってくれたのか……。いろいろ疑問は沸いてくるけど、ひとまず食べよう! 息をして香りをかぐたびに、お腹が減っていくみたいだ。数カ月ぶりに、おばあのカレーが食べられる!
僕は台所に急ぎ――
鍋のフタを取る。すると――
食欲をそそる香りとともに、手づくりカレーが現れた。それを僕はいつものカレー皿にごはんと一緒に盛りつける。具材はごろごろとした大きめではなく、「カレーに溶けやすくするため」という理由で細かく刻んである。
野菜はにんじん、じゃがいも、よく炒めた玉ねぎというベーシックなもの。そしておばあのカレーの代名詞でもある牛すじが……ない!? 鍋を底からお玉でかき混ぜても、大きめに切ったゼラチン質の牛すじの姿はどこにもない。
肉といえば、牛のバラ肉らしき薄くて小さなものしか見当たらない。牛すじは何度も茹でて、余計な脂を抜く下処理をしないと使えない。湯を張った鍋を抱えてコンロとシンクを移動するのは、たしかにおばあには酷な作業だろう。
牛すじ抜きでも、カレーを手づくりしてくれたのはありがたい。見た目はいたって「ふつう」のカレーだけど、レトルトしか食べられないと思っていたぶん、その「ふつう」がうれしい。さあ、食べよう! と思ってテーブルに着くと――
メニュー
・カレー
・ロースハム
・アジの刺身
・冷奴
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、ミニトマト、キャベツ
茹で:ブロッコリー、アスパラガス
気になるおかずが目に飛び込んできた。
ピンク色が鮮やかなロースハムだ!
冷奴なら、それだけで充分一品のおかずとして味わえる。だけどハムは? 一枚ずつ摘まんで食べればいいのか? いや、今晩はカレーがある! カレー皿の隣にくる配置といい、カレーに牛すじが入っていない「ふつう」なことといい、どう考えてもハムがあるのは――
こうやってトッピングするためだろう! 常にカレーに改良を重ねてきたおばあのことだ。これくらいやってもおかしくない。どうだ、おばあ!
「いただきます! これ、食べるで!」
僕は叫んで、夢うつつのおばあを起こし――
ハムとカレーを乗せたスプーンを見せつけるように、ゆっくりと口に運んだ。味は……うまい! 牛すじから出るダシが入っていないものの、カレーはなつかしい、おばあのつくった家庭の味だ。そこにシンプルなロースハムが合わないわけがない。
ところがおばあは、興味なさそうな視線をちらりと向けただけで、またすぐ目を閉じて寝息を立てはじめた。まさか、違うのか! ハムはカレーのトッピングじゃないのか、おばあ!?
すると考えられるのは――
このアジの刺身しかない! おばあはこれまで、カレーに対して並々ならぬ探求心を注いできた。となれば、この刺身を――
こうやってトッピングするくらいの冒険心は、まだ持っているはず。
僕は再び、
「これ、食べるで!」
と大声でおばあを目覚めさせ――
刺身カレーを口に運ぶ。これもなかなかいける! カレーはクセの強い納豆でさえ、自らに取り込んで具材のひとつにしてしまう底知れぬ包容力がある。スパイスの香りが醤油のように魚の生臭さを消しさり、アジの刺身のおいしさを高めているようだ。
「おばあ、こうやって食べるんやろ、今日のカレー」
と素直に聞くと、
「そんなん、好きなように食え!」
と怒鳴り声が返ってきた。
好きなようにって、ハムや刺身はトッピングするために出したんじゃないのか? どうして僕の質問に、いつもそんな曖昧な答えしかしないんだ、おばあ。
だけどこれだけは、どうしてもはっきりさせておきたい。
「次もまた、カレーは鍋でつくってくれるやろ?」
僕の質問におばあは、
「そんなん、そのときの好きなようにするわ!」
と声を荒げた。
また出た「好きなように」。どうもおばあは、歳を重ねるたびに一瞬一瞬の感覚で生きるようになってきている。だからカレーと一緒に、ハムや刺身を気まぐれに並べ、カレーはインスタントだったり手づくりだったり、そのときに思いついたまま行動するのだろう。
そうか……僕は考えすぎているのかもしれない。せっかく目の前には、久しぶりのおばあの手づくりのカレーがある。それをしっかりと堪能せず、トッピングやら次につくるカレーのことやら、余計なことにとらわれていた。僕はあらためてスプーンを握りなおし、カレーとごはんだけをすくい取って口に入れ、じっくりと噛んで味わった。