ばあが作る肉料理といえば!?
やっぱりおばあはすごかった。10年間、毎日ごはんを作ってくれていたときは、それがあまりに当たり前すぎて、僕は全然わかっていなかった!
それが自分で作るようになって、ようやく理解できた。
おばあは、とんでもなくスペシャルですごいことをやっていたのだ。
毎日ごはんを作る。それも日々、食材を変え、新たな調理法にチャレンジし、持てる調理技術を駆使して和・洋・中とバラエティ豊かなメニューを一度に何皿も用意してくれた。
一方、僕はというと、メインの食材はお買い得な鶏肉か、小型のイワシやアジなんかを鍋で煮炊きするだけ。豚肉や牛肉なんて、しばらく口にしていなかった。それも、特定健診で“中性脂肪が低すぎる”という異常値が出て気がついたのだった。
おばあのような料理上手を目指しているのに、いつの間にやら同じようなものばかり作っていた……。そんなことでは、“おばあめし”の領域には一生、到達できるわけがない。
そんなことがあって、前回、僕が作ったのは――
“おばあ仕込みの豚汁”。
思った以上においしくできたし、豚肉も多めに入れたけど、豚汁はいわゆる“肉料理”とはちょっとちがう。
おばあが作る肉がメインの料理といえば――
そう、すき焼きだ!
初のすき焼き調理開始!
というわけで買ってきたのは、おばあがよく選んでいた――
すき焼き用……というわけにはいかないけど、国産牛の切り落とし肉。お買い得品だけど、ほどよくサシが入っていて、赤身の色も新鮮そう。
野菜は――
おばあもよくすき焼きに入れていたニンジンやきのこ類、それに、すりおろして牛肉をつけて食べたこともある山芋だ。今回はすりおろさずに具材として使ってみる。
他にも、
定番の糸こんにゃくや――
ネギに、これまたおばあが好きでよく使っていた菊菜(これは関西の呼び名で、春菊とも言う)も用意。
まずはフライパンで――
ニンジンを軽く炒め、ここに他の具材を……と思ったけど、またやってしまった!
具材の量が多すぎて、フライパンではあふれてしまう。そこで、
深めの鍋に変えて、菊菜以外の具材を入れて火を通す。
味付けのコツはおばあに聞け!
味付けは、おばあが作るところを見たことがあるからなんとなくわかる。
だけどこの際、“なんとなく”ではなく、直接おばあに聞いてみよう!
おばあは筋肉が動かしずらくなる病気、パーキンソン病が進行し介護施設で暮らしている。最近は寝ていることが増え、表情も乏しくなった。
それでもこの日、買い物前にたずねると、おだやかな笑顔で迎えてくれた。
髪の毛がきれいにとかされている。介助を受けながらお風呂にも入れてもらったのだ。
「さっぱりして気持ちええんやな」
と僕が言うと、おばあは軽くうなづいた。
口数は減ったけど、僕の話を注意深く聞いてくれるようになった。
すき焼きの味付けは、和食の調味料(醤油、砂糖、みりん、酒)を
「しっかり、入れるんやで。味がない(薄い)と、うもう(おいしく)ない」
と教えてくれた。
正確な分量はおばあも勘で入れていたから、教えようがないのだ。ただ、濃いめがいいというのは大事なポイントだ。僕は失敗を恐れるあまり、調味料を少なめにして、薄味にしてしまうことがよくある。薄味ならあとから足せばなんとかなるけど、具には味が染みないので少し物足りない。
今回は思い切って入れよう! そう決意して、おばあに礼を言って施設をあとにした。
調味料の分量はひとまず――
醤油、酒、みりんをそれぞれ100ml以上、適当にドボドボ注ぐ。砂糖は大さじ3強。
それをかき混ぜ、砂糖を溶かし――
食材が入った鍋に投入し、菊菜を追加しフタをして炊く。
すると、醤油と砂糖の甘辛い香りが!
あとは高まる食欲をこらえつつ、しばらく待ち――
ごはんと溶きたまごを用意すれば、今晩の献立の完成だ!
鍋のフタを取れば、湯気とともにあらわれた久々の――
すき焼き! この茶色っぽく色づいた鍋の中の光景と、濃厚な和風の香り……何ヶ月ぶりだろう。
意外と簡単にできるのに、作っていなかったのが悔やまれる。
そして、肝心の味は――
具材を溶きたまごにつけて、まずは――
牛肉から口に運ぶ。
味はちょっと濃いかと思ったけど、ちょうどいい加減でおばあの味に近い……ということは、めちゃくちゃおいしくできたでおばあ! そう叫びながら、おばあのいる介護施設に向かって駆け出したくなる。
すき焼きの主役はやっぱり、肉だ! とはいえ、主役が引き立つのは脇役の活躍があってこそ。
おばあもよく入れていた細切りのニンジンや、おばあの好物の菊菜を味わうと、かつての食卓の記憶が蘇ってきた。
甘辛いしいたけの味と食感は、一度だけおばあが作ったメニュー、
“しいたけのすき焼き”の見た目の味に驚いたことを思い出す。
かたまりで入れた山芋も、なんだか懐かしい味がする。
そしてこの濃いめの甘辛い和風の味は……ごはんに手を伸ばさずにはいない。こうなったら、おばあが作ってくれたときにもやった――
すき焼き丼にしてしまえ!
ごはんと一緒にかき込むとやっぱり、うまい! そして、やばい! ごはんの消耗が激しすぎる! 丼はシメにしなければ! 久々の好物の味と思い出にひたり、我を忘れるところだった。
いや、作り始めるときから、僕は冷静ではなかった。なぜかというと、僕ひとりで食べるのに――
この量! 毎回、ついつい作りすぎてしまうけど、今回は気合が入っていたからか、いつになく多すぎた。
でも、おいしいから2、3日食べ続けるのは大歓迎。それより問題は、このすき焼きの鍋を前にして、テーブルの向こう側におばあがいないこと……。
ひとりで食べることには慣れたけど、さすがにすき焼きは、ひとりは寂しすぎるで、おばあ!
僕にとってすき焼きは、おばあと一緒に食べることも含めて特別だったのだ。
そうは言っても、おばあと食べた記憶のお陰で、すき焼きはやっぱりスペシャルだ!
それに、すき焼きをおいしく作れるようになったのだから、おばあが僕の料理を食べられるようになったら、真っ先にすき焼きを出そう。それを楽しみに、これからも料理の腕を磨くと決めた。