おばあの得意料理”炊いたん”を極め、“炊いたんマスター”に僕はなる!
と決意して、前回作ったのがーー
“なんきんの炊いたん”。かぼちゃの煮物と呼べばわかりやすいけど、やっぱりおばあの言い方がしっくりくる。
その出来栄えは、はじめてなのに大成功!
芯までやわらかいのに煮崩れず、かぼちゃの甘味が引き立っている。施設にいる僕の祖母、おばあが作り方を教えてくれたおかげだ。
とはいえ、おばあの味にはまだまだかなわない。
おばあは愛媛の山奥にいた子どものころから家族のために料理を作り、毎日のように何かを“炊いて”きた。最近になって料理をはじめた僕とは比べ物にならないほど、圧倒的な調理の経験がある。
ひとたび鍋に入れればどんなものでもおいしくしてしまう、おばあのような“炊いたんマスター”になるには、僕も毎日何かを炊いて腕を磨くしかない!
次に炊くのは、おばあの好物のかぼちゃ並み、いや、それ以上によく食卓に並んだあの食材がいい。かぼちゃのような鮮やかな色はなく、甘さも控えめ。素朴な見た目と味だけどついつい箸が伸びる、あったらうれしい“おばあめし”の名脇役、里芋だ!
里芋は顔なじみになった商店街の八百屋で、すすめられたものを買ってきた。
まずは、皮むきから。
おばあがやっていたように両端を切り落とし、包丁でいとも簡単にするすると……むけない!? 少しでも皮をむくとぬるぬると滑って、手からつるんと飛び出てしまう。ぐっと力を込めてもつかめないし、このままでは包丁が勢い余って、ザクっと指を……。
だけど大丈夫! 僕にはピーラーがある。何でも包丁でこなすおばあの調理技術にも、便利な道具があればすぐに追いつけるはず! これなら里芋の皮もするすると……むけない!?
たしかに包丁よりは安全だけど、つるっと滑るのは変わらない。だから結局、少しずつ慎重にむいて……って、ああ……もう! どうやってあんなに軽々と、しかも包丁で里芋の皮をむいていたんや、おばあ!
そう叫んで、むきかけの里芋を放り出したくなる。しかも集中力が途切れて、安全なピーラーでも指の皮をむいてしまいそうになるし、なかなか作業がすすまない。気づけば『三百六十五歩のマーチ』が頭の中でループしている。
心が折れそうになりながら、ようやくーー
すべての里芋の皮をむいた! これでひと仕事終えた……気分にひたっている場合じゃない! 今かららが本番の“炊く”工程だ。休まないで歩け!
皮をむいた里芋と水を鍋に入れ、
調味料を加えていく。味付けは施設にいるおばあに教えてもらった。それによると酒、みりん、醤油、それから、
砂糖という基本の調味料に、カツオ出汁。顆粒の出汁や白出汁でもいいそうだけど、冷蔵庫には、
金沢の“いしるだし”がある。魚の旨味と醤油の風味が合わさった魚醤だから、これをお湯で薄めるだけで、出汁と醤油のかわりになる。
石川県の知り合いに送ってもらってから、この味が忘れられず、少し遠くの大型スーパーで見つけて依頼、よく買いに行くようになった。今こそ、“いしるだし”の本領発揮だ。
すべての調味料を投入して火をつける。調味料の分量は、おばあに聞いても相変わらず不明だったので、ネットで検索……ではなく、今回は自分の舌を信じて、味見をしながら適当に入れた。
おばあもそうやって、ベストな味付けを見つけてきたはず。僕もそれができなければ、いつまで経っても誰かが作ったレシピを手放せず、おばあのような“炊いたんマスター”にはなれない。僕には幸い、10年以上食べてきた“おばあの味”の記憶がある。それを目指して味付けすればいい。
炊くときは落し蓋をすると、熱と味が均一に伝わる。おばあは木の蓋を使っていたけど、キッチンペーパーでも代用できる。炊く時間は「柔らかくなったらええ」とのことで、
菜箸が軽く芯まで通ったところで、完成だ! メニューは他にも、
いつものように土鍋で、
直感で選んだ食材をまとめて炊いた、闇鍋ならぬ“闇炊いたん”を作った。そしてできたのがーー
今晩の献立。
メニュー
・里芋の炊いたん
・闇炊いたん
具材:鯵のアラ、三つ葉、キャベツ、玉ねぎ、しいたけ、えのき、もずく、もやし
・ごはん(五分搗き米)
まずはーー
里芋から! 炊いてもつるっと滑るけど、柔らかくなったので箸がめり込んで楽に掴める。
かじるとねっとりとして、ほのかな甘味があり、そう、これだよ、これ! と言いたくなる。
単体で食べてもいいし、出汁の効いた和風の味がごはんにも合う。
おばあの味よりちょっと薄いけど、けっこう近い味に仕上がった。毎日でも食べたいけど、皮をむくことを想像するだけで心が折れそうになる。
でも経験を積まないと上達しない。包丁で手早く皮がむけるように、少量ずつでもしょっちゅうむいて、闇炊いたんの具材にすればいい。
この闇炊いたん、そのときどきで食べたい食材や特売のものを買ってきて、手早く下処理して炊き、味噌やいしるだしで味付けしただけのもの。
ちなみに今日のメインは、安くておいしそうだった鯵のアラ。ハーブ塩を振って、数時間置くことで臭みを取った。それくらいの工夫はしたけど、調味料も炊く時間も適当だ。だから毎日のように作ることができる。
おばあも里芋の炊いたんをしょっちゅう作ってくれた。
そうか、もしかして、おばあにとって里芋の炊いたんは、僕にとっての闇炊いたんみたいなものなのかもしれない。だとしたら、つるつる滑る皮むきも面倒で困難なことどころか、豆腐を切るようなたやすいことだったのに違いない。
そのおばあの高みに達するまで一体、いくつの里芋の皮をむかなければならないのか。きっと見上げるほどの里芋の山が必要だ。包丁ではなくピーラーで皮をむいた僕はまだ、その山に手を付けてすらいない。
だけど挑戦あるのみ! いつか僕の“炊いたん”で「100点!」と言ってもらえるように、これからも作り続けるしかない。だから、それまで元気でいてや、おばあ!