昼過ぎにおばあを訪ねて行くと、窓際のイスにすわったまま居眠りしていた。気候が急に秋めいて、食後に涼しい風にあたっていると睡魔がやってきたらしい。
台所の食材は残り少ないけど、おばあは心地よさそうに眠っているし、このまましばらく休んでいてもらいたい。というわけで、僕が買い物に行くことにした。
いつもの野菜や魚などの食材、それにおばあが毎朝食べるアロエヨーグルトや6Pチーズもカゴにいれた。そしてレジに向かう途中、行く手の棚には『特売』の文字が! パック入りの『キムチ鍋の素』が山積みになっている。キムチ鍋はおばあも僕も好物だから、迷わず手に取りレジに急いだ。
少し涼しくなったタイミングで、いち早く鍋の素を特売する地元密着のスーパー、さすが客の心理を知りつくしている。そのスーパーの戦略に僕は素直に乗せられたけど……おばあは人の言うことには従わない頑固で天邪鬼なところがある。
今年の夏は、僕がリクエストしたもらいものの高級素麺をなかなか出してくれなかった。それどころか猛暑日に、よりによって熱々の鍋料理が食卓に並んだ。
よく言えば人を驚かすことが好き、言い方を変えればひねくれ者のおばあが、涼しくなったから早速キムチ鍋……なんて直球の選択をするとは思えない。
それでもいちおう、目を覚ましていたおばあに、
「キムチ鍋の素、買ってきたで。おばあの好きな春雨もあるから、今晩作ってや」
と伝えた。するとおばあは、
「……そうか」
と興味なさそうに言って、まだ眠そうに目をこすっていた。
おばあは『料理は自分の領分』というプライドがあって、僕が手伝うことすらすんなり受け入れてくれない。キムチ鍋の素をこっそり鍋に入れておこうかと思ったけど、そんなことをすれば逆鱗に触れ、今晩はおかずがなくなってしまいかねない。
だからキムチ鍋を作ってくれるかどうかは、おばあの気分次第だ。
そして晩ごはんの時間になり「期待したらあかん」と自分に言い聞かせながらおばあの家に行くと――テーブルには大きな鍋が!
おばあマスクをしたまま準備万端で――
またまた居眠りしていた。自分は先に食べ終えて、眠くなったらしい。だけど僕が席に着くとすぐに目を開け、フタに手をのばす。
そしてフタをとると――
中には辛そうな真っ赤なスープの――
お願いしたキムチ鍋作ってくれたんか、おばあ!
理由を聞くと、
「そら、食べたかったからや!」
とキレ気味に言われた。僕のリクエストに応えたとは、意地でも言いたくないらしい。
とはいえ他のメニューも――
僕が買ってきた特売のイワシを、ちゃんと焼いてくれているし、
おばあは食べない山盛りのサラダも、僕のために用意してくれている。
メニュー
・キムチ鍋
・イワシの焼いたん
・サラダ
野菜:キャベツ、ミニトマト、ブロッコリーの芯
・ごはん
まずはキムチ鍋の具を――
小皿によそい鶏肉から頬張ると、うま味が強くてピリ辛の刺激があって……もう止まらない。窓から吹き込む風は涼しくても、食べすすめていると汗が噴き出てきた。
おばあに目をやると――
またうつむいてウトウトしている。僕もお腹いっぱいになると、幸せな気分とともに眠気がやってた。キムチ鍋用に白菜を買い忘れたことに気がついたけど、目をつむるとそんなことは一瞬でどうでもよくなった。