暑い日が続いて疲れているせいか、おばあは近ごろ笑顔を見せてくれない。僕が晩ごはんを食べに行っても、眉間にシワが寄った仏頂面でテレビの画面をにらんでいる。
声もかけてくれないから、僕のほうから
「おばあ、来たで!」
と元気よく告げると
「わかっとるわ!」
と飛沫を飛ばしてキレてくる。
ただでさえそんな調子なのに、今日は朝から雨が降り続き、じめじめした湿気と低気圧の不快感でおばあの機嫌は最悪に近いはず……。僕自身も、今日は頭の中にモヤがかかったような憂鬱な気分で、体を動かすと湿った空気が重たく感じる。
鬼のような形相のおばあに無視されることを覚悟して、晩ごはんを食べに行くと――
居間の戸を開けた途端に聞こえてきたのは、
「おお、来たか!」
と弾むような明るい声。
それに表情は――
満面の笑みやんか、おばあ!
「なんか、いいことでもあったんか?」
と聞いてみると
「そんなんないわ。いつもと一緒や!」
と答えるおばあの声にはハリがある。
「じゃあ、なんでそんなに元気なんや?」
と聞くと、
「そら、涼しいからやろ!」
即座に大声が返ってきた。
たしかに今日は雨で気温が下がって、久しぶりに冷房をつけなくても過ごすことができた。太陽が分厚い雲に覆われて薄暗く、辺りはまとわりつくような湿気に満ちて、僕は気持ちがどんより沈んでいた。
だけど涼しくなったと思えば、雨降りも悪いことばかりじゃない。そう考えると、心の霧が少し晴れたような気がする。
それに食卓に目をやると、ありそうでなかった新メニューが!
牛肉と一緒に盛られているのは、しんなりとした緑の……キャベツ! 牛肉とキャベツというシンプルな具材がただ炊いてあるだけだけど、なぜか食欲がそそられる。
まずは牛肉からいただくと、味付けは醤油ベースのすき焼き風。その味がしみ込んだキャベツは甘みがあって、牛肉と交互に食べると、たまらずごはんが欲しくなり……もう、止まらない。牛肉とキャベツとごはんを行き来する、無限のトライアングル・ループに陥りそうだ。
さらに近ごろ定番の『野菜と魚のワンプレート』も、いつもとひと味ちがう。
大きなカレー皿にぎゅうぎゅうに押し込まれているキャベツやレタス、トマトといった野菜は変わらないけど……魚はよく出してくれるカツオの『たたき』ではなく、珍しく『刺身』だ!
歯ごたえのある皮の下の身はもっちりと柔らかく、たたきの香ばしさとはまた違ったおいしさがある。より新鮮じゃないと、こんな刺身は味わえない。今日はスーパーじゃなくて、商店街の魚屋に足を運んでくれたらしい。雨の中、そこまでしてくれたおばあに感謝せずにはいられない。
メニュー
・牛肉とキャベツの炊いたん
・魚と野菜のワンプレート
野菜(キャベツ、レタス、トマト)、魚(カツオの刺身)
・ごはん
食べすすめていると、心のもやもやはすっかり晴れ渡り、
「この『炊いたん』もカツオも、おいしいな!」
と自然に料理の感想を告げていた。
するとおばあは――
「そうか!」
とだけ言って、大きく口を開けて笑っていた。
おばあのこんな表情、久しぶりに見た! そして僕も、久々に『おいしい』と素直に伝えた気がする。これからまた料理の感想は、意識して声に出していこう! それにおばあの好きな甘いものでもプレゼントすれば、どんなに暑くて過ごしにくくても、笑顔になってくれるはず。