せっかくマラソンの開催地を札幌に変更したのに、朝から気温がぐんぐん上がり、出場した106人のうち30人が途中棄権。そんな過酷な状況でも、大迫傑選手はやってくれた! しかも別格のキプチョゲ選手をはじめ、強豪ランナーがひしめくなか2位集団に迫る6位入賞とは!
たまたま僕と同じ苗字というだけで親近感をおぼえ、箱根駅伝のときから傑選手を応援していた。一年ほど前からは、ボリューム満点の『おばあめし』を長年食べ続けて増えた体重を落とすため、週5でランニングをはじめたので、傑選手の記録がどれほどすごいものか全身で実感していた。
彼の記録やそこまでの道のりの険しさと並外れた練習量、そしてコロナ禍でも家族とはなれケニア遠征を敢行するほど、いかに東京オリンピックにかけているかを、おばあにも何度も力説していた。するとおばあは、スポーツにはほとんど関心がないのに、
「傑はいつ走るんや?」
と身内のような呼び方で、マラソンだけは始まる前から楽しみにしていた。
そして札幌でマラソンが行われた今日、大阪は朝から猛烈に暑くなった。マラソンどころか外に出るのも控えるようNHKが警告するほどで、なかなかエアコンをつけたがらないおばあのことが心配になり、昼間に様子を見に行った。
するとおばあは、
「傑走ったな! そんで、あれは勝ったんか?」
とマラソンは見たようだけど、結果についてはよくわかっていない様子。
あの状況で、日本人選手として6位はじゅうぶん『勝った』と言えるで、おばあ!
彼が試合後のインタビューで語ったように、まさに『100点満点の頑張り』が、数年に及ぶ大きな犠牲と努力のたまものとしてあの走りに現れていた。それを僕が説明しても、おばあは何だか腑に落ちないようで、1位の選手のぶっちぎり具合にばかり驚いていた。
たしかにキプチョゲ選手には毎回、度肝を抜かれるけど、傑選手のすごさは僕以上にマラソンにうといおばあには伝わらないのか……そう思っていたけど、いつものように晩ごはんを食べにおばあの家に行くと――
テーブルには、フタをした大きな鍋が!
この猛暑日に鍋!? この前は熱々のおでん風煮物だったから、もう何が出てきても驚かない! 寄せ鍋だろうがキムチ鍋だろうが、汗が吹き出しても食べまくってやる! 今朝のマラソンに比べたら、冷房の効いた室内で鍋を食べるなんて天国だ!
僕が席につくなり―
おばあがフタに手をかけて持ち上げる。するとその中身は―
白菜とか鶏肉とか長ネギとか、鍋もの定番具材は見当たらず、汁の中にひしめいているのは牛肉にニンジン、そして――
タ、タコさんウインナー!?
こんな具材の組み合わせの鍋……いや、鍋なのか、煮物なのか……どっちにしても独創性ありすぎやろ、おばあ!
おばあは長年、誰かに料理を作り続け、おいしいものを追い求めて独自の路線を突き進んできた。そしてたどり着いたのが、タコさんウインナーの鍋!
早速食べてみると、牛肉とダシの味が『足』のところによくからみ、うまさが倍増している。それでいて、何ともいえない懐かしさがこみ上げてくる。
料理のコンテストがあったら1位にはなれないかもしれないけど、他とは比べることもできない、突き抜けた味わいだ。
まさか……今日の傑選手の頑張りを、このスペシャル料理でたたえているのか、おばあ!
そう聞いてみると
「そういうことしとくわ」
とおばあはテレビを見ながら何気ない調子で答える。目元が少し緩んでいて、どうやら図星らしい。
スペシャル鍋の他にも、近ごろ定番になった『野菜と魚のワンプレート』には――
多めのブロッコリーや刻み昆布まで加わり『特別仕様』になっている。
メニュー
・傑をたたえるタコさんウインナー鍋
牛肉、ニンジン、タコさんウインナー
・野菜と魚のワンプレート
魚(サワラ?)、野菜(ブロッコリー、キャベツ、レタス、トマト)、刻み昆布
・ごはん
僕もおばあもスポーツはあまり詳しくないけど、東京オリンピックは楽しんで、『100点満点の頑張り』をしようという勇気をもらえた。
実際におばあは、独特すぎるけど絶品な料理を生み出した。ウインナーを『タコさん』にするのは、近ごろ手先が思うように動かないと嘆くおばあには、骨の折れる作業だったはず。僕には何ができるだろうか……ひとまず目の前の料理を、おいしくたらふく食べてから考えよう!
そう決意してタコさんウインナーを頬張っていると閉会式がはじまり、おばあと一緒に『君が代』を聞いた。