おばあは毎年、5日5日に『ちまき』を買ってくる。関西でこどもの日に食べる『ちまき』は、甘い団子を細長くして笹の葉で包み、い草で巻いたもの。
味は甘くて柔らかく、細長い形はかわいらしくて食べやすい。だけど、こどものころの僕は、チョコレートとかケーキとか、こってりとした洋菓子の甘さに魅了されていて、年に一度だけ食べるこの和菓子が特に好きというわけでもなかった。
それから大人になって、あらためて『ちまき』を食べてみると……天然の笹の葉とい草の、哀愁を感じるような奥深い香りが! その香りにつられて、おばあと畳の上で遊んでいたこどものころの記憶も蘇ってくる。これは…‥香りを楽しめるようになった今のほうが、『ちまき』のおいしさがわかる!
苦いだけだったコーヒーが、大人になって豆の違いまでわかるようになって、毎日ブラックでがぶ飲みするようになったのと同じだ。
おばあがいまだに端午の節句に『ちまき』を買ってくるのは、30代後半の僕をいつまでもこども扱いしている……ということもあるけど、おばあが自分でちまきを食べたいからに違いない。
僕もこどものころ以上に楽しみにしているから、甘党の後期高齢者がアラフォー独身男と食べるために、こどもの日用の『ちまき』を買ってくることにツッコみを入れたりなんかしない。
そして今年も5月5日がやってきた。
今日も僕は、おばあの家に晩ごはんを食べに行き、
「今年も、ちまきあるの?」
と早速聞いてみると
「なんで……ちまきなんや?」
と不思議そうに聞き返された。
「今日はこどもの日やろ」
僕がそういうと、おばあは壁のカレンダーを見て――
「ああ、そうか!」
と大声を上げて笑い出した。
おばあがあまりに楽しそうに笑うので、僕もつられて一緒に笑った。
どうやら、今日がこどもの日だったのを忘れていたらしい。ボケていないかちょっと心配になるけど、カレンダーを見てすぐに思い出したし、忘れていたことを笑い飛ばせる余裕もある。
それに食卓の献立は、何だかスペシャルなものがそろっている。ボケていたら、こんな豪華な料理を作れるわけない!
「これ、かけて食べえや」
そう言って、おばあが差し出したオレンジ色のボトルは――
めんつゆ!
それを何にかけるのかというと――
丼ぶりに入っている、和そば! しかも生ワカメまでトッピングされている。
今の時期にもう冷たいそばって……外は雨が降って暑いわけでもないのに、季節先取りしすぎやで、おばあ! でも冷たいそばは、嫌いじゃない、どころか僕の好物だ!
さらに――
近ごろ定番化してきた、野菜と焼き魚のワンプレートもボリューム満点だ!
見るからに食べごたえのある魚は、ホッケの開き。これはごはんが欲しくなるけど、そばとも相性ぴったり! これにも少しめんつゆをかけると、うま味が凝縮しているのに肉厚で、もう……たまらない
それに、久しぶりの――
『南瓜の炊いたん』も僕の大好物!
メニュー
・冷たいそば
ワカメトッピング
・ホッケの開きとサラダのワンプレート
野菜:トマト、キャベツ、ブロッコリー、ピーマン、ほうれん草
・南瓜の炊いたん
おばあはこどもの日を忘れていたのに、僕の好きなメニューがそろっている。
そして、テーブルの端には――
駄菓子屋にあるような大きなボトルが! これは、おばあの好きなイカ天スナック!
こどもの日を忘れていても、なんとなく特別な日というのは覚えていて、特別メニューやイカ天スナックをボトルで用意した。そういうことやろ、おばあ!
そう聞いてみると、
「食べたかったからや!」
とおばあは言って――
イカ天スナックをボトルから取り出し――
総入れ歯の口で、がぶっ! とかじった。
僕もひとつボトルから手づかみで食べてみると、駄菓子屋に通っていたときの感覚がよみがえってきて、一瞬だけこどものころに戻った気がした。
それにしても、イカ天スナックといえば、おばあはこの前、おにぎりの具にしてくれた。もしかして今回も……というわけで、晩ごはんを食べたあと、台所でおにぎりを作っているおばあのところに行くと――
やっぱり、作ってくれたのは、イカ天スナック貼り付けおにぎり! こどものころの僕も、これは絶対好きな味だ。おばあは今年、『ちまき』を買ってこなかったけど、もしかして本当はこどもの日だったとわかっていた!?