80代後半のおばあは、さすがに目に見えて動作がゆっくりになった。膝に痛みが出てからはイスから立ち上がるのも面倒くさがり、しょっちゅう「手も足も思ったように動かへん」と嘆いている。
それでも買い物用のカートを引いて、近くの商店街やスーパーに出かけ、毎日台所に立って料理を用意してくれる。高齢で『思うように動かない手足』を押して作ってくれたその献立は、手間のかからない出来合いの総菜や、温めるだけのインスタント食品ばかり……とはまったく違う!
それどころか、ますます豪華で手の込んだ晩ごはんを作ってくれるようになった。
最近もパプリカやほうれん草を混ぜた創作炊き込みごはんや、巨大なマグロのカマの塩焼きなどなど……インパクトある見た目で、味も絶品のメニューが毎日のように食卓に上る。
コロナ禍で、おばあは人と会うことがめっきり減ってしまった。知り合いも同年代の持病を抱えた高齢者ばかりなので、お互いに集まることを避けているらしい。
窮屈な生活を送っているからこそ、食べることが何より好きなおばあは『いつもの食事くらい、できるだけ楽しんだほうがええ』と、新メニューを考え、手間ひまをかけて料理を作ってくれているのに違いない。
僕らが住む大阪には、また緊急事態宣言が発令されてしまった。
今だからこそ、もっと食べることを楽しまなくては! それにおばあには、日ごろの感謝の気持ちも伝えたい。というわけで、何かおいしいものをプレゼントしよう!
甘党のおばあが確実に喜ぶものといえば、甘くて柔らかいケーキ……だけど、今までと一緒で何だか『ふつう』すぎる。
毎日バラエティ豊かな献立をこしらえてくれるおばあにならって、僕もインパクトある見た目で、おばあがこれまでに味わったことのない、それでいて喜んでくれるものを贈りたい! そう決意して、ちょっと遠くの大きなスーパーに行くと――あった!
僕が沖縄に暮らしていたころや、タイに一人旅したときに何度も食べた……甘くて柔らかくて、おばあの苦手な酸味もない、驚くような見た目の……これが、ドラゴンフルーツやで、おばあ!
そう言って差し出すと、おばあは片手でつかんで――
「なんやこれ、作りもんか!?」
不審物でも確かめるように、眉間に皺をよせる。
たしかにこのドラゴンフルーツ、自然のものとは思えない奇妙な見た目をしている。食べると手足が伸びたり炎が出せたり、驚きの能力が身に付くという伝説の悪魔の実みたいだ。おばあが不審がるのもわかる。だけど食べれば、きっと気に入ってくれるはず!
「そんなことより、ごはん早く食べや」
おばあは、せっかく僕が手に入れた悪魔の実……じゃなくて、ドラゴンフルーツをテーブルの端に追いやって、中央に乗っている大きな鍋に手を伸ばす。そしてフタを取ると――
鍋の中には――
何だか白っぽい具材がひしめいている! よく見ると、キャベツ、玉ねぎ、豚肉、糸こんにゃくが煮込まれていて……今晩もまた新メニューやんか、おばあ!
味付けは醤油ベースで甘辛く、ごはんにぴったり! さらには――
最近定番の、サラダと一緒に盛りつけた焼き魚や――
ほうれん草入りの味噌汁まで!
メニュー
・白い具材の炊いたん
キャベツ、玉ねぎ、糸こんにゃく、豚肉
・『知らん魚』とサラダのワンプレート
生:ブロッコリー、ピーマン、トマト、キャベツ 茹で:ほうれん草
・味噌汁
ほうれん草、豆腐、わかめ
・ごはん
今晩もおばあが工夫を凝らして作ってくれた、豪華なメニューが並んでいる。それを一口ずつ味わい、すっかり食べ終えて大満足……と椅子の背によりかかってくつろいでいると
「これ、どうやって食べるんや」
とおばあがドラゴンフルーツを差し出した。
やっぱり甘党で新しいもの好きのおばあは、不思議な形の果物が気になっていたらしい。それを僕が切って皿に盛りつけ、テーブルに置くと――
早速――
向かい側から手が伸びてきて――
パクリと白い実の部分にかじりつく。
「おいしい?」
と聞いても――
おばあは無言で食べ続け、少しは僕に残してくれるかと思ったら――
まったく手は止まらない!?
やがて、おばあはお茶をすすり――
ふうっと長い息を吐く。
「どうやった?」
とあらためて聞くと、
「まあまあや」
とのこと。
だけど、食べ終えた皿を見ればわかる。
ひとりでこれだけきれいに平らげたのだから、きっと満足してくれたのに違いない!
また近いうちに、おばあが食べたことのない甘いもの、必ず手に入れてこよう! ダイエーとイオンと商店街の立ち並ぶ航路をすすみ……そういう孫におれはなるっ!