晩ごはんがインスタントラーメンのときは、いつも僕が来るのを待ってから、おばあがつくってくれる。いくらせっかちなおばあでも、僕が来る前につくってテーブルに並べるなんてことはしない。そんなことをすれば、もちろんスープはぬるくなり、麺はぶよぶよに伸び、せっかくのラーメンが台無しになってしまう。
それなのに――
どうして今晩は、すでにラーメンができあがってるんや、おばあ! スープの水面が見えず、麺がやたらと大盛りに見えるのは、スープを吸って伸びてしまっているからに違いない。何だか全体的に黒っぽくて、甘辛いソースのような香りがするのは、具材を軽く炒めたからだろうか。ちょっと手の込んだおいしいラーメンのはずが、麺が伸びきっているなんて残念すぎる。
僕が来るのが遅れたわけでもないのに、どうしていつものように待ってくれなかったんだ。まさかおばあ、『インスタントラーメンのときは僕が来るのを待つ』ということを忘れてしまったのか!? 物忘れはよくあるけど、そんな習慣まで忘れてしまうだろうか。いや、おばあが急にボケたとも思えない。なにしろ今晩のメニューは――
メニュー
・謎のインスタントラーメン
もやし、しめじ
・惣菜のハンバーグ
・惣菜の天ぷら(イカ?)
・メザシ
・茹でもやし
・ほうれん草のおひたし
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、キャベツ、トマト
茹で:ブロッコリー、アスパラガス
ラーメンに加えて、おかずも充実している。これだけのメニューを用意できるなら、ボケているはずがない。
惣菜のハンバーグはちょっと焦げているけど、こうばしい香りがしておいしそうだし、
イカかタコの天ぷらも山盛りで、
メザシが5匹も並んでいる。
野菜類も、もやしや
ほうれん草のおひたし、
そしていつものサラダという充実の顔ぶれ。
おばあは向かいの席で先に食事を終え、頭をこっくりこっくり揺らしまどろみはじめている。ラーメンをすでにつくっていた理由を聞きたいけど、今話しかけると確実に怒鳴られてしまう。
僕もお腹が空いているし、ひとまずラーメンを食べようと箸を手にして――
麺を持ち上げると、柔らかすぎてブツブツ切れるかと思いきや、意外としっかり形を保っている。すすってみると、ちゃんと歯ごたえも残っている。どうなっているんだこれは! 麺が伸びていないとなると、単純に麺が多いだけとしか考えられない。
それにしてもこのスープ、何か変だぞ。決してまずいわけじゃないけど……醤油でも味噌でも豚骨でもなく、何味といっていいのかよくわからない。でもどこかで食べたことのある懐かしい味がする。塩味に酸味と甘みもあって、具材のもやしとしめじにもよく合っている。このソースのような味付け、炒めものにもぴったり‥‥…って、もしかして、これ……いや、まさか……。
正体の候補が浮かんできたけど、ちょっと信じられない。それでも食べれば食べるほど、はじめの思いつきが確信にかわっていく。そうだとしたら、麺の量が多いことも納得できる。なんてことを思っているうちに――
すっかり平らげてしまった。
さっきまで眠りかけていたおばあは、テーブルに肘をつき、ぼうっとテレビを眺めている。
「おばあもこのラーメン食べたやろ?」
「そら、食べたわ!」
「うまかった?」
「そら、うまかったわ!」
おばあは当然のことのようにいう。
「これ、ほんとはラーメンじゃないやろ?」
僕が思い切ってたずねると、
「何いってんねん。ラーメンやなかったらなんやねん!」
と怒り気味の答えが返ってきた。ほんとにおばあはこれを、ラーメンだと思ってつくっていたのか?
「この麺が入ってた袋があったやろ。どこに捨てたんや?」
僕の問いに、おばあは無言で立ち上がり台所に向かって行った。いつもなら”自分で取ってこい!”とか怒鳴るはずなのに、ラーメンにしては何か変だと思い当たるふしがあるらしい。
すぐにおばあはテーブルに戻ってくると、手にしていた袋を差し出した。やっぱりそうだ! 今食べたやつ――
焼そばやんか! しかもロングセラーの『日清焼そば』! おばあは『スパイス』と『特製ソース』を麺に絡めて炒めるのではなく、お湯で伸ばしてスープにしてしまったんだ。
「その袋、何て書いてあるか、もう一回読んでみて」
「なんでそんな……」
おばあは反発しかけたけど、袋の文字を目にして口をつぐんだ。そして、肩を震わせはじめた。
「それ、ラーメンにしても、けっこうおいしかったな」
そういいながら、僕も笑いをこらえることができなかった。