食欲をそそる熱した油の香りが、玄関先まで漂っている。今晩は鶏の唐揚げかトンカツか!? どちらにしても、久しぶりに僕の大好きな揚げ物だ!
しかも揚げ物はいつも大きなバットに山盛りで、好きなだけ食べられる。僕の健康と体型を気にするおばあは、ごはんのお代わり禁止令を出しているのに、揚げ物はなぜか食べ放題。糖質さえとりすぎなければ、何を食べても太らないとでも思っているのか!?
おばあの謎の勘違いを指摘するつもりなんてない。何しろそのおかげで、山盛りの揚げ物を好きなだけ食べられるのだ! ありがとう!
独自の理論を持つおばあに感謝しつつ、居間の戸を開けるとテーブルの上には――
メニュー
・トンカツ
・豚トロとタケノコの炊いたん
・味の素の冷凍「ギョーザ」
・揚げピーマン?
・高野豆腐
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、ミニトマト、キャベツ
茹で:ブロッコリー、アスパラガス
・ごはん
種類豊富な献立が。これは一体、どういうことなんだ!?
確かにトンカツはあるけど、いつものようにバットに山盛りじゃない。それに他の揚げ物もない。衣をつけて揚げてあるのはトンカツだけだ。
だけど今晩は、トンカツ以外のおかずが充実している。
豚トロとタケノコの煮物に、
味の素の餃子まで! 餃子は冷凍とはいえフライパンで焼いているはずだし、煮物は見るからにしっかり味が染みている。揚げ物ばかりを山盛りつくるより、手間ひまがかかっているんじゃないのか!? ひとつ揚げ物をするなら、同じ油を使って他の食材も揚げれば、それだけで何種類もおかずができあがるのに。
おばあは先に食べ終え、向かいの席でゆったりと緑茶をすすりながら、テレビに映るフィギュアスケートを見ている。選手の動きに一喜一憂することなく、表情は常に満足げだ。
まさか……おばあはバラエティ豊かな献立にするために、あえて非効率なことをして料理をつくってくれたのか!? あの満足そうな表情は、揚げる焼く煮るという様々な方法で料理をつくり上げた達成感か!
また感謝の念がこみ上げてきたところで――
緑のピーマンらしきおかずが目がとまった。このピーマン、やけに表面がツヤツヤしている。ひとつ箸でつまんでみると、油らしきねっとりとした液体が一滴したたった。
これ、揚げてあるぞ! 揚げ物はトンカツだけじゃなかったのか!? それにしても、なぜピーマンを素揚げに? つまんだピーマンをじっくり眺めていると、
「そのピーマン、衣が取れてもうたんや! 嫌なら食うなや」
とおばあの大声が飛んできた。
何だって!? おばあは“揚げる焼く煮る”のおかずを用意してくれただけではなく、ピーマンのフライというレパートリーになかった新メニューにも挑戦していたのか!? これが嫌だなんてとんでもない。おばあのチャレンジとサービス精神に喝采をおくりたいくらいだ。
「おばあ、やるやんか! ありがとう!」
僕は思わず感謝の言葉を告げて、衣が取れたピーマンのフライを口に放り込んだ。油は意外としつこくなく、ピーマンは驚くほど甘かった。