居間ではおばあが、灯油ストーブの前のイスに腰かけ、テレビのニュース番組をぼうっと眺めていた。少し間があって、入口に立つ僕にゆっくりと顔を向けた。そして驚いたように目を見開くと、イスのひじ掛けに手をついて立ち上がった。
いきなりどうしたんだ、おばあ! と声をかける間もなく、おばあはそのまままっすぐ、すり足で台所に向かって行く。
僕がやってきたこともすぐには気づかなかったし、この突飛な行動はまさか……急にボケてしまったのか!? ボケると徘徊するとは聞いたことがあるけど、住み慣れた室内をうろつくことなんてあるのか!?
急いでおばあを追いかけると、台所にあったのは――
サッポロ一番味噌ラーメン! 久しぶりに食べる、袋入りラーメンの王道だ! 寒い今晩、ぴったりのチョイスやんか! それに、すぐに調理に取り掛かれるよう、あらかじめ袋が切ってある! さらにコンロの上では――
豚肉入りの鍋が沸騰している。僕が来る時間を見計らって、火にかけていたんだ! この隙のない段取り、おばあの意識はボケてどこかに飛んでいるどころか、冴えまくっている! ごめんよ、おばあ、僕に気がついて一目散に台所にやってきたのは、熱々のサッポロ一番味噌ラーメンを食べさせるためだったのか!
僕が立ち尽くすそばで、おばあは黙々と調理を続ける。
沸騰した湯に、粉末スープを入れ、
麺を袋から取り出すと――
鍋に滑らすように投入し、
菜箸で押さえて、煮えたぎる湯につける。さらに――
たまごを手に取ると、鍋に追加……するのではなく、
丼ぶりに入れてあった、生のキャベツの上に中身を落とした。この二種の具材は、煮込まないらしい。本当はちょっと煮て、しんなりしたキャベツが好みだけど、今回は黙って従おう。
おばあは麺がやわらかくなると、鍋を持ち上げ――
一気に丼ぶりに中身を移す。
メニュー
・サッポロ一番味噌ラーメン
たまご、キャベツ、豚肉
・ハマチの刺身
・豚トロと大根と厚揚げの煮物
・ほうれん草のごま和え
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、ミニトマト、キャベツ
茹で:ブロッコリー、アスパラガス
おばあ特製、サッポロ一番味噌ラーメンの完成だ! しかも今晩は、それだけじゃない!
豚トロや大根の煮物に、
艶やかで新鮮そうなハマチの刺身まで並んでいる!
ほうれん草のおひたしや、
いつものサラダと、野菜も充実していて――
主役のサッポロ一番味噌ラーメンが、ひときわ輝いて見える。手軽にできるインスタントラーメンだけど、このメニュー、豪華すぎるやろ、おばあ!
「すごいご馳走やな!」
僕がいうと、
「なんや?」
とおばあは聞こえているはずなのに聞き返し
「ええから、さっさと食え! 冷めてまうで!」
と声を荒げた。そしてまたテレビに集中しはじめる。
いわれた通り、僕はおばあの背中を見ながらラーメンをすすった。一仕事終えたその背中は、いつもより大きく、頼もしく見えた。