おばあは先日の夕飯に、真っ黒に焦げた牛肉を出した。放つ香りも焦げくさく、いびつに縮れて絡み合い、すでに炭になっている個所もあって、ひと目見ただけでは何の塊か判別がつかなかった。
明らかに調理に失敗しているのに、どうして食卓に並べるんだ? 焦げた料理はこれまでも何度か出てきたけど、今回ほどひどくはなかった。まさか……料理の出来の良し悪しが、わからなくなってきている!? いくら物忘れは増えても、料理の腕前と食べることにかけては衰え知らずだと思っていたのに……さすがのおばあも寄る年波には勝てないのか。
これからは、今まで以上にとんでもない料理が出てくるかもしれない。覚悟しておこう、とはいうものの、あれ以上焦げた牛肉が出てきたら平静でいられる自信はない。料理上手なおばあが、まずいどころか食べられないものを出すなんて、想像しただけでもつらすぎる。
焦げた牛肉が出てくる。
焦げた牛肉が出てくる。
焦げた牛肉が出てくる。
ショックを受けないように、僕はあらかじめ自分にいい聞かせながら、おばあの家に晩ごはんを食べにやってきた。
焦げた牛肉が出てくる。
焦げた牛肉が出てくる。
焦げた牛肉が出てくる。
焦げた牛肉が……
心の中でつぶやきつつ居間の戸を開けると、テーブルには焦げた牛肉――
メニュー
・牛肉の焼いたん
・煮物
タケノコ、手綱こんにゃく、ゼンマイ
・ポテトサラダ(惣菜)
・紅白なます
サバ、大根、にんじん
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、ミニトマト、キャベツ
茹で:ブロッコリー、アスパラガス
・ごはん
ちゃうやんか! 確かに牛肉だけど――
まったく焦げてなんかいない! それどころか、見るからに焼き加減は絶妙だ。
たまらず一切れかじってみると、中心はうっすらと赤く、赤身なのに柔らかく、小さな肉の中に封じ込められた肉汁がしたたった。味付けはシンプルに塩のみ。残り半分を口に入れ、迷わずごはんをかき込んだ。
おばあは先日の失敗を見事に克服している! いや、失敗を糧に、さらなる高みに立っている! 焦げないように、余計な味付けはせず低めの温度でじっくり火を通したのだろう。その新たなこころみが、牛肉のおいしさを存分に引き出している。
メインディッシュの牛肉がいいと、他の野菜中心のおかず――
定番の煮物や、
ポテトサラダ、
つくり置きの紅白なますに、
いつものサラダの味わいが、より増しているように感じられる。
夢中で食べすすめ、最後の牛肉の一切れを口に運んだとき、テーブルには――
ぶどうが置かれていた。
デザートまで用意しているとは……おばあはやっぱり、食べることに関して衰えてなんていなかった。たったひとつの失敗を、大げさに捉えていた僕が悪かったのだ。
「今日の牛肉、おいしかったで」
そう伝えると、
「そうか? いつも通りやけどな」
おばあは何気ない調子で答える。“いつも通り”じゃないってこと、僕はわかっている。意地っ張りで頑固なおばあは、褒められても素直になれないのだ。
「ぶどうまで用意してくれて、ありがとう」
僕がまた感謝の気持ちを口にすると、おばあはーー
一粒つまみ上げ
「お前のために出したんとちゃうわ!」
と声を荒げて――
パクリと口に入れた。ぶどうは自分で食べるために出したということだろう。だけど僕が横からつまんで食べても、おばあは目を向けず、気付かないフリをしてくれていた。
二人でぶどうを食べ終えると、おばあは立ち上がり台所に向かって行った。洗いものでもするのかと思っていたらすぐに戻ってきて、手にはなんと――
ピンク色のアイスキャンディが握られていた。10月の半ばを過ぎ、寒くなってきたのによくそんな冷たいものを!? それに今ぶどうを食べたばかりなのに、まだ入るのか! さらにそのアイスキャンディ、色からするとぶどう味じゃないのか!?
さっき食べることについておばあはまともだと思ったけど、やっぱりちょっと変かもしれない……。
おばあはアイスキャンディをかじりながら、
「お前も食べたかったら、自分で出してこい!」
と元気にいう。そういわれても、食べたくないよ!
すぐにアイスキャンディはなくなり、残った棒をおばあは名残惜しそうに見つめる。すると突然、
「ああっ! そうや!」
と何かを思い出したような声を出して立ち上がった。台所に向かって行くので、僕も何事かと後を追う。
おばあは電子レンジの前に立ち止まった。
そして扉を開けると――
中には、皿に乗った冷えたシュウマイが入っていた。
「これ、出し忘れたの?」
僕が聞くと、おばあは肩を震わせ、
「そ……そうや」
といいながら笑っていた。
やっぱりおばあは変だ。変だし物忘れはするけど、まだまだ心配することはなさそうだ。そう思うと、僕も笑いがこみ上げてきて、二人で一緒にしばらく笑った。