メニュー
・こんにゃくの刺身?
・味の素「プリプリのエビシューマイ」
・焼きナス
・冷奴
・タコとキュウリとワカメの酢の物
・サラダ
生:玉ねぎとパプリカの醤油漬け、キャベツ
茹で:ブロッコリー、アスパラガス
・ごはん
半透明でみずみずしく、皿の上でぷるぷるとふるえるこの物体は……こんにゃく!? こんにゃくなのか!?
角が丸い一枚一枚の形といい、うずたかく積み重なっている量といい、板こんにゃくを丸ごと薄切りにしたものらしい。しかも僕が箸を持つ右手に、最も近いところに配置されたポジショニングは、今夜のメインディッシュに違いない!
煮たり焼いたり、何か味付けがされているわけでもなく、袋から出した板こんにゃくをそのまま切っただけ。それを一切れずつーー
このわさび醤油につけて食べるのだろう。こんにゃくの刺身というわけか。
それにしても、こんにゃくは嫌いじゃないけど、これほどの量が一人ぶんだというのか? 向かいの席のおばあは先に食事を終え、すでに一枚ぶんの板こんにゃくの刺身を平らげたようだ。
ひとまず、ひとつ箸でつまみーー
わさび醤油につけて食べてみる。こんにゃくはもともと、ほとんど味がないのでわさび醤油の味しかしない。だけど味付けがシンプルだからか、独特のつるつるとした舌触りと、ぷりぷりの歯ごたえが、よりはっきりと感じられる。弾けるように噛み切れるこの厚みもちょうどいい。食感がクセになり、続いてもうひとつ口に運ぶ。
こんにゃくって、こんなにおいしかったのか!? これまで煮物やおでんに入っているものを、ただなんとなく口にしていたけど、僕はなんてもったいないことをしていたんだ。もっと味わいながら食べていたらよかった……いや、今晩のこんにゃくは、普段食べているのとは違う、特別なものなのかもしれない。
おばあは愛媛の山奥で生まれ、畑や山で採れたものを食べて育った。今でもそこで暮らす親戚が、自家製のこんにゃくを送ってくれたのではないか。
「こんにゃく、おいしいなあ。これ、いつもと同じやつ?」
向かいの席でテレビを見ているおばあにたずねる。すると、
「そりゃ、普通のこんにゃくや」
と当然のことのようにいわれた。
“普通”だって! だったらどうして!? 僕は長年、おばあの料理を食べてきたけど、こんにゃくの刺身なんて出したのははじめてじゃないか!? きっと理由があるはずだ!
他のおかずとはいうとーー
近ごろよく出てくる味の素の「プリプリのエビシューマイ」に、
細かく切った冷奴。そして、
大きな焼きナスが丸ごと一本。
冷奴にナス、どちらも今の季節にぴったりな食べ物だ。そうか! おばあは旬の食材をよく使い、料理では季節感を大事にしている。刺身にしたこんにゃくの半透明で涼しげな見た目や、冷たくさっぱりとした味わいは、たしかに夏っぽい。だから今晩、冷奴やナスと一緒に食卓に並べて、夏を感じられるメニューにしたのだろう。
そう納得して、食事を続けていると、
「ナスは、人からもらったんや」
とおばあはいって立ち上がり、空の食器を持って台所に向かって行った。
なんだって!? 料理のことは、いつもなかなか話してくれないのに、どうしてナスはもらったものだと自分から教えてくれたんだ。やっぱり山盛りのこんにゃくも、もらったものじゃないのか?
そんなことを考えながら食事を続けていると、すぐにおばあが戻ってきた。片手に何かを握っている。それを席に着きながら、僕の目の前にーー
ぐいっと差し出した。そして、
「これ、ごはんにかけて食ってみい」
といった。
透明なボトルに書いてあるのは、“瀬戸内馳走 じゃこふりかけ”の文字。瀬戸内のじゃことは、なかなかおいしそうだ。ふりかけなんて何年ぶりだろうと思いながらーー
ごはんにまぶす。
かつお節やのり、そしてじゃこの味わいと塩加減、カリカリの食感がごはんによく合っている。これだけで軽く一杯食べてしまいそうだ。
それにしても――
「こんなふりかけ、そこらで売ってるんか?」
と聞いてみると、
「お中元にもらったんや!」
とのこと。
そうか……ということは、やはりこんにゃくも、おばあが生まれ育った愛媛の山奥から!?
「やっぱりこんにゃくも、もらったんと違うんか?」
再び聞くと
「そんなん、どっちでもええやろ!」
と怒鳴られた。
“どっちでもええ”って……どっちかはっきり教えてくれてもいいじゃないか。親戚とはたまに電話しているし、いいたくない理由があるとも思えない。
わけがわからないけど、こんにゃくがおいしいのは確かだ。これ以上に聞いても、答えは聞けそうにもないので、余計なことは考えないようにしながら食べ進む。
やがて、はじめは食べきれそうもないと感じたこんにゃくの山は平らになり、真っ先になくなった。すべて食べ終え、空の食器を台所に持って行く。
すると、おばあが流し台の前にいた。洗い物をしているのかと思って近づくと、手に持っていたのは――
メロンだ! 鮮やかな緑色をした果肉は、見るからに柔らかく熟れて甘そうだ。おばあはよっぽど食べることに集中しているのか、僕に気づくこともなく――
食べかけのメロンを口に近づけ――
吸い込むように一気にほおばった。
「何、こっそり食べてんねん!」
後ろから声をかけると、
「なんや! おどかすなや!」
とおばあは振り向いた。そして、
「お前のもあるから持って行け!」
とメロンの乗った皿を、投げるように手渡した。
「これ、誰かにもらったやつやろ?」
ときいてみると
「そんなん、どっちでもええやろ! さっさと持って行って食え!」
また大声が返ってきた。
メロンなんて、買ってきたことないやんか! お中元かお盆のお供えで人からもらったやつやろ! そんなことを思ったけど、僕はそれ以上何もいい返さなかった。
手に持つ皿には、甘そうなメロンが乗っている。どうせまた何か聞いても怒られるだけだし、おいしくメロンを食べられたらそれでいい。そして今のやりとりで、こんにゃくももらったやつだと僕は確信していた。