孫の心はぜんぶお見通し! おばあがつくるダイエット精進メニュー??

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近ごろやたらと腹が減る。ごはんの量が減っているからだ。30代の中盤にさしかかり、わき腹に肉がついてきた僕の体型を気にして、おばあはお代わり禁止令を出した。毎晩、よそってくれる量もだんだん少なくなり、今では茶碗の中身は1年前の3分の2ほど。晩ごはんのあとにつくってくれる、翌日の朝と昼に食べるおにぎりも、2回りくらい小さくなった。

すると当然、腹が減る。だからといって間食をするわけにはいかない。僕だってもうちょっとスリムになりたいのだ。夜中や昼過ぎに襲ってくる、チョコレートとかケーキとか甘いものを食べたくなる衝動を、コーヒーや緑茶をがぶ飲みして紛らわす日々が続いているのだった。

今日は暑くて体の代謝が上がっているせいか、いつになく空腹がひどい。流し台の下をあさって見つけた、賞味期限が切れた袋入りのラーメンをつくろうかと何度思ったことか。

いつもの夕飯の時間より少し早く、僕はやりかけの仕事を放り出し、歩いて5分ほどのおばあの家に急いだ。早歩きがやがて小走りになり、そのままの勢いで玄関を開け、靴を脱ぎ捨てて居間に飛び込むと、テレビを見ていたおばあが振り向き、
「なんや! 急に入ってきて! 寿命が縮まるわ!」
と怒鳴った。

おばあに構わずテーブルに近づくと、なんや! と僕も声を上げそうになった。

もやしとサラダとたまご豆腐のみの晩ごはん

テーブルに並んでいたのは、サラダとたまご豆腐、そして茹でもやし。NHKのドキュメンタリー番組で見た永平寺の禅僧も、もっとカロリーがありそうなものを食べていた。ごはんを減らしているのに僕の体型があまり変わらないことに業を煮やしたおばあは、ついにこんな精進メニューを用意することにしたのか。

実は、僕はたまに近所のダイエーで好物のミルクレープを買ってきて、ひとりでこっそり食べている。一切れを一気に食べるのではなく、2日か3日に分けてちょっとずつ味わっていたのに……。自分を甘やかしていた罰として、今日のメニューを受け入れるしかないのか。せめて、もやしくらいはお代わりさせて欲しい。

テーブルの横に立ち尽くしていると、
「さっさと台所でごはん入れてこい!」
とおばあがまた大きな声でいった。何だって! 今日はごはんを自分で好きなだけよそっていいのか! おばあは僕を痩せさせることを諦めたのだろうか。だったら今日は、思う存分食ってやる! 僕は今、とにかく腹が減っているのだ。ダイエットならまた明日から再開したらいい。

ガス炊飯器の蓋

僕は台所の炊飯器のもとに急いだ。引き出し式の棚に、おばあが長年愛用している炊飯器が乗っている。火力が強いガス釜だから、米は芯まで均一にふっくらと、表面はつやつやに炊きあがる。僕はフタの取っ手を握り、ゆっくりと上に持ち上げた。すると釜の中に、米の一粒一粒が純白の輝きを放つ、まばゆいばかりの光景が――現れなかった。

ガス炊飯器で炊いた炊き込みご飯

ごはんはうすい醤油色に染まっていた。そこに細かく刻まれたしいたけやにんじんなどの具材が混ざっている。炊き込みご飯だ! 僕はおばあがつくる炊き込みごはんが大好きだけど、最後に口にしたのは1年以上も前のこと。炊き込みごはんが出てくれば、僕はお代わりをせずにはいられなくなり、おばあのいいつけを守れなくなるだろう。それを見越しておばあはおそらく、炊き込みごはんを封印していたのだ。

でも今晩、ついにつくってくれたということは、僕のダイエットが効果を上げているとおばあは判断したのかもしれない。たしかに半年前に比べたら、わき腹の肉が少しはすっきりしたような気もする。

手鍋に蓋をしているところ

コンロの上には、フタを乗せた鍋があった。

手鍋で湯せんして温めた茶碗蒸し

中では茶碗蒸しが、湯せんで温められていた。茶碗蒸しも僕の好物だ。しかもこの黒い容器は、具だくさんの豪華版!

炊き込みご飯や茶碗蒸しなど、祖母(おばあ)が作った晩ごはんのメニュー

メニュー
・炊き込みごはん
にんじん、ごぼう、しいたけ、レンコン
・茶碗蒸し
・茹でもやし

・たまご豆腐
・サラダ
生:玉ねぎ、ミニトマト、春キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草

炊き込みごはんと茶碗蒸しとは、なんてうれしい組み合わせなんだ。僕が今日、かなり腹を空かせていることを、おばあは察知していたとしか思えない。まさか、おばあにそんな超能力みたいなものがあるわけない。そもそもおばあ自身、目に見えるものしか信じていない。たまたま僕のひどい空腹と、おばあがつくったメニューがシンクロしたにすぎない。そう思うことにして僕は箸を手に取った。

ガス炊飯器で祖母(おばあ)が作った炊き込みご飯

たっぷりの具材が散りばめられたごはんの色合い、そして醤油とダシの香りが食欲をそそる。茶碗をつかんでかき込むと、ふわっとした甘味のあとに、濃厚なうま味が口じゅうに押し寄せてきた。おばあがつくる炊き込みご飯には、かつおダシと干ししいたけの戻し汁、そして隠し味に昆布茶が入っている。3種類のダシをごはんに炊き込むと、それぞれのうま味が何倍にも増幅して感じられるのだった。噛み応えのあるレンコンやごぼう、柔らかなにんじん、絶妙な弾力のしいたけが、代わる代わる現れる食感も心地いい。

うずらのたまご入り茶わん蒸し

茶碗蒸しにはエビや銀杏、ホタテなどに加えて、うずらのたまごまで入っていた。口に入れてひと噛みすると、舌の上に黄身が広がり、たまごとダシの茶碗蒸しのおいしさと相まって、贅沢な味わいが楽しめた。そこにまた炊き込みご飯をほおばると、お互いの味を引き立て合って、何ともいえない幸せな気分になる。箸とスプーンを交互に持ちかえながら食べ進む。

玉ねぎの醤油漬け入りサラダ

サラダのボリュームが増えていると思ったら、いつもの野菜に醤油漬けの玉ねぎが加わっていた。僕の健康と体型を気づかってのことに違いない。

炊き込みご飯に入っている麦

よく見ると、炊き込みごはんには麦が混ざっていた。血圧を下げる効果があるので、おばあはごはんには麦を混ぜているけど、パサつく食感が口に合わないらしく最近は入れないことも珍しくない。でも今日は、わざわざ炊き込みごはんに麦を混ぜた。麦は米よりも太りにくいというから、これも僕の体形を考えてのことだろう。

おばあがそこまでしてくれているのに、残り少なくなった茶碗を前にして、僕はお代わりがしたくてたまらない。茶碗を手に取り、最後の炊き込みごはんをかき込んで前を見ると、テーブルの向かい側のおばあと目が合った。おばあはにやりと笑って、
「ちょっとなら、お代わりしてええで」
といった。やっぱりおばあは僕の心を見透かしている! と思ったけど、そんなことはどうでもよかった。僕は空の茶碗をつかんで立ち上がり、台所に急いだ。