朝から照りつけていた強烈な日差しが、夕方になると厚い雲でさえぎられた。ようやく涼しくなると喜んで、冷房の効いた部屋から外に出ると、一歩目から全身に汗がにじんできた。外は気温が下がらないどころか湿度が上がり、まるで蒸し風呂のようになっていた。
こんな日は、そうめんとかざるそばとか、この前つくったインスタントつけ麺とか、とにかく冷たい麺をつるっとすすりたい。この酷暑に耐えかねて、すすんでエアコンの電源を入れるようになったおばあも、きっと同じことを思っているはず。
今晩はどんな冷たい麺が食べられるだろうか。またあの魚介醤油味のインスタントつけ麺でもいいし、以前出してくれた具だくさんのそうめんも捨てがたい。いや、具材なんてなくても、冷たい麺だったら何だってかまわない。
そんなことを思いながら、汗だくでおばあの家にやってきた。そして居間の戸を開けると、テーブルに乗っていたのは――
メニュー
・鶏肉と豚トロの唐揚げ(ヒガシマル「揚げずにからあげ」使用)
・サトイモと手綱こんにゃくの煮物
・タコとキュウリとワカメの酢の物
・刻みオクラのカツオ節のせ
・ひきわり納豆
・サラダ
生:ミニトマト、玉ねぎとパプリカの醤油漬け、キャベツ
茹で:ブロッコリー、アスパラガス
・ごはん
山盛りの唐揚げ! しかもできたてで熱々だ!
僕もおばあも唐揚げは好物だけど、しばらく夕飯に出していなかったのは、最近の異常な気温のせいだと思っていた。この暑い中、冷房のない台所で高温の油を使うと汗まみれになるだろうし、食欲も落ちているからあっさりしたものが欲しくなる。
それなのに、よりによって蒸し暑さがピークに達していようかという今晩、唐揚げを出すとは……。今年はまだそうめんも口にしていないのに……。
「唐揚げって、暑くないのか、おばあ」
思わずおばあにたずねると
「暑いから、唐揚げにしたんや!」
と大声が返ってきた。
どういうことだ!? 暑いから唐揚げがいいだって? そこは冷たい麺じゃないのか? 禅問答みたいでわけがわからないぞ。
「ええから、さっさと食べえや!」
とおばあが急かすので、僕は箸を手にした。
部屋の中は、台所から漂ってきた油のにおいが充満している。
鶏肉の表面についている小さなツブツブは、おばあがよく使う「揚げずにからあげ」。これは名前の通り、油で揚げなくてもフライパンで焼くだけで唐揚げができる便利な唐揚げ粉だ。それなのにおばあは毎回、なぜか大量の油で揚げてしまう。パッケージにでかでかと「揚げずに」と書いてあるのに、どうしてわざわざ揚げるのか? 蒸し暑い今晩こそ、「揚げずに」涼しく調理すればよかったと思うけど……。
ただ、味はなかなかいける。ひとつ箸で摘まんでかじると、じゅわっと熱い油があふれてきた。カリッと揚がったツブツブの衣が香ばしく、鶏肉は柔らかく、醤油風味の味付けもいい。額と背中にじんわりと汗が出てきたのを感じる。
さらに今晩は、唐揚げの食材としては見たことのない――
細長い肉が混じっている。よく見ると白っぽい脂の筋が、縦横に走っている。これは、豚トロだ! トロというだけあって脂がたっぷりのこの豚の部位を、さらに油で揚げてしまうとは!?
脂が多いためか、表面にまぶしてある「揚げずにからあげ」がほとんど落ちてしまって素揚げになっている。炒めたり焼いたりしたものは食べたことがあるけど、揚げたものははじめてだ。脂と油が合わさって、こってりしすぎてはいないだろうか。あっさりした冷たいものを求めていたのに、これはまるで正反対の食べものだ。
とはいえ、せっかくつくってくれたので、恐る恐る口に入れてみる。すると……うまいぞ! 揚げたことで表面の水分が飛んで、プリッとした豚トロ独特の食感がより際立っている。豚の脂の甘みがしっかりと感じられ、思っていたようなしつこさもなく、控えめな塩加減もちょうどいい。
これは、ごはんが欲しくなる! 僕は茶碗に手を伸ばして、かき込んだ。そしてまた豚トロを口に運ぶ。クセになる味わいだ。鶏肉のほうもおいしくて箸が止まらない。汗も止まらないけど、そんなのはもうどうでもいい。
そうか! わかったぞ! さっきのおばあの言葉の意味が。食欲が落ちて夏バテしやすい蒸し暑いときこそ、好物の唐揚げを食べれば、気力も体力もみなぎって元気になる。そういうことだろ、おばあ!
そう思って顔を上げると、おばあが何かをほおばっていた。先に食事を終えて冷凍庫から持ってきた、アイスクリームだ!
大きく口を開け、がぶりとかじるとーー
棒に残ったアイスの残りを、誇らしげに見せつける。
暑いときこそ、熱い唐揚げを食べるのがいいんじゃなかったのか!? 結局、冷たいアイスを食べてるやんけ!
おばあの言葉の意味を考えるのもアホらしくなったので、僕は黙って食事を続ける。
おかずは唐揚げの他にも、いつもの酢の物や、
サトイモと手綱こんにゃくの煮物、
ねばねばのオクラや、
ひきわり納豆まである。おばあは納豆が嫌いなのに、わざわざひきわりを選ぶところに料理に対する美意識のようなものを感じる。
サラダには最近、黄色いパプリカが追加されて、見た目も栄養価もバージョンアップしている。
野菜たっぷりのあっさりとしたおかずは、唐揚げと相性がよく、僕はどんどん食べ進める。途中、アイスを食べ終えたおばあが席を立ち、台所に向かって行った。自分が食べ終えた食器でも洗うのだろうかと思っていると、すぐに戻ってきた。
手にはまた、何かを持っている! ソーダ色で棒付きの――
アイスキャンディー、ガリガリ君だ! 袋を開けるときに先が折れたようで、両手にブルーのアイスを持っている。そしてがぶりと棒のないほうにかじりつき、2つ目とは思えない勢いで平らげていく。
「アイス、連続で2つもよく食えるな」
僕があきれていうと
「そりゃ、暑いからな! アイスぐらい食うわ!」
と怒鳴られた。
暑いときには熱い唐揚げがいいとか、冷たいアイスがいいとか、どっちやねん! そういいかけたけど、おばあの食べっぷりを目の当たりにすると、何もいい返せなかった。そのかわり黙って豚トロをかじる。食後は僕も絶対、ガリガリ君を食ってやると心に誓った。