腹を空かせて食卓のある居間に行くと、「台所に行け」とおばあがいう。台所の流し台には、まだ茹でていない棒状の細長いそうめんが2束、深皿の中に置かれていた。トッピングのきゅうり、ハム、錦糸たまご、そしてミョウガと麺つゆもそろっている。
まさか、今日もそうめんが出てくるとは! おとといから3日連続になる。これまでだったら、そうめんが続くとがっかりしたけど、今回はうれしい。
昨日、おばあの家の台所で、僕は自分でそうめんを固めにゆでた。ゆで時間を短くしただけで、そうめんというより、博多のとんこつラーメンの固めの麺の食感に近くなった。食べなれたいつもの、どうということはない味と食感と、大して変わらないと思っていたのに、僕はなくなるのが惜しいくらい夢中ですすった。毎年食べてきたそうめんの本当のおいしさに、今になって気づかされたのだった。
だからおばあに、また食べたいといったら、さっそく今日も用意してくれた。
三輪素麺の袋にはゆで時間2分とあるけど、昨日はゆでたのは1分半。今日はさらに短く、1分15秒にタイマーをセットして、沸騰した鍋にそうめんを投入する。
時間がきたら、そうめんをざるにあげて、水で冷やす。
これ以上、麺が伸びないように、水を切って皿に盛りつけた。すこしつまんで口に入れる。麺の中でも極細のそうめん。ゆで時間15秒の差は大きい。昨日よりもさらに僕好みの固さになっていた。これぞそうめんの〝アルデンテ”、とんこつラーメン風にいうなら〝バリカタ”だ。
そうめんに冷やし中華風の具材をトッピング。
さらに上から麺つゆをかける。具材がなくて、そうめんがあらわになっている部分があるのには、ちゃんと理由がある――。
メニュー
・冷やし中華風そうめん
三輪素麺、錦糸たまご、きゅうり、ハム、ミョウガ
・いくらの醤油漬け
・鯛の焼いたん
・たまご焼き
・煮物
じゃがいも、たけのこ、こんにゃく
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
食卓の上には、そうめん以外のおかずがすでに用意されていた。たまご焼きに鯛の塩焼き、煮物など、このおかずとごはんだけでも、じゅうぶん豪華なメニューになる。そしてなんといっても、注目すべきはいくらの醤油漬けだ。
僕は台所にそうめんをつくりに行くとき、食卓に並んだいくらの、赤い宝石のような輝きを見逃さなかった。
冷やし中華風の具材を空けていたところに、いくらをぽろぽろと流し込む。ほかの具材との色合いも完璧だ。麺と一緒にすすってみると、思った通り……いや以上だ! いくらがひとつぶずつはじけ、〝バリカタ”の麺が切れる感触もあいまって、口の中で細かなリズム感のある新しい食感が生み出されていく。
おばあはなぜいくらを、ほかの具材と同じように台所に用意していなかったのか。それは、魚卵嫌いのおばあが、いくらを食べないからだ。そうめんに合うなんて想像もつかず、たまご焼きと一緒に食卓に並べていたのだろう。
焼いた鯛ものせてみると、これも合う。肉厚の鯛といくらのうま味が合わさり、〝バリカタ”そうめんによって増幅されている。ほかの具材との相性もいい。
僕が自分でそうめんをつくっているあいだ、おばあは先に食べはじめていた。おばあの皿の冷やし中華風のそうめんは残り少なくなっている。いくらも鯛ものせていないし、麺は箸でつかむのが難しいほど水を吸って伸びてしまっている。おばあはとにかく、やわらかいものが好きなのだ。
テーブルの向かい側からおばあは、僕のそうめんの皿を、身を乗り出してのぞき込み、
「ようそんなもんが食えるな」
といった。僕もおばあのそうめんに、同じことを思った。