おばあよ、ボケていないのか!?祖母と孫(30代男)が3日遅れで祝う雛祭り??

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雛祭りのちらし寿司が入った蓋つきの容器

なんだこのプラスチックの入れ物は! フタがしてあるけど、中身は……もしかして……この前の雛祭りに出てくるはずだった、あの料理なのか?

料理をつくったおばあは、テーブルの向かい側で――

灯油ストーブで暖まりながらテレビを見ている祖母(おばあ)

先に食事を終えて、ぼーっとテレビを見ている。

「おばあ、この中身――」
僕が話しかけると、言葉をさえぎり、
「うるさいなあ! 今、テレビ見とるんや。中は開けたらわかるやろ!」
とキレ気味の口調で返された。やっぱりそうだ! 中身はあれに違いない。きっとおばあは、3日遅れでも雛祭りをお祝いしたいんだ。そして、忘れていたことを認めたくないから、ムキになって大きな声を出したのに違いない。

おばあは毎年、3月3日になると、晩ごはんに豪華なメニューを用意したり、部屋を飾りつけたりして、孫の僕と桃の節句を祝う。人一倍頑固で声がでかく、おしとやかさのかけらもないおばあだけど、この日ばかりは眠っていた乙女心がかき立てられるのだろう。

ところが今年の雛祭りは、食卓の料理も部屋の飾りも、何もそれらしいものが用意されていなかった。3月3日が何の日か、もしくは日付自体がわからなくなっているのか……。

最近おばあは、物忘れが目立つようになった。84という高齢だから、久しぶりに会う人の名前が思い出せなかったり、商店街の八百屋でニンジンを買い忘れたりするのも無理はないと思う。

でも毎年、あれだけ楽しみにしていた雛祭りの日付を忘れていたとしたら話が違う。日付がわからなくなるというのは、認知症の典型的な症状だとこの前おばあと一緒に見ていた健康情報番組でやっていた。

もし本当におばあがボケてきていたら……僕は一体どうしたらいいんだ。やがて料理がつくれなくなり、ものを食べるのにも介助が必要となって、そして僕のことも忘れてしまうのか……。

あれから3日、夜寝ようとすると言い知れない不安が襲ってきて、寝不足が続いていた。でも、このプラスチック容器の中身があれだとすれば、おばあは雛祭りの日を思い出したということになる。3日遅れていても、それならセーフだろう。そうだ、ひとまずセーフということにしよう。

だけど、中身が思ったのと違っていたら……。いや、大丈夫、と自分に言い聞かす。そんなの他の献立を見れば一目瞭然じゃないか。

トマトと玉ねぎの醤油漬けが乗った、祖母(おばあ)が作ったサラダ

このサラダはいつもと同じだけど、今晩は珍しく――

祖母(おばあ)が晩ごはんに用意した高野豆腐

さいの目切りの高野豆腐や、

祖母(おばあ)が晩ごはんに用意したカンパチの刺身

おばあの好物のカンパチの刺身、そして――

祖母(おばあ)が雛祭りために作ったアサリのすまし汁

アサリのすまし汁がある。どれも僕が想像している容器の中身にぴったり合う、和風のおかずだ。特にすまし汁は、おととしの3月3日にも出てきた。おばあは滅多につくらないからよく覚えている。

だけどこれで、容器の中にヨーグルトとか大量の煮豆とか、支離滅裂な組み合わせの食べ物が入ってたら……おばあがボケてしまったことは決定的だ。

いや、大丈夫。おばあはちゃんと雛祭りの日付を、あとから思い出したんだ。これだけの料理をつくれたのだから、まだまだ頭はおかしくなってなんかない! そう心に決めて、容器のフタの左右の出っ張りをつまみ、勢いよく引き上げた。すると現れたのは――

祖母(おばあ)が雛祭りのためにつくった、錦糸卵を乗せたちらし寿司

思った通り、ちらし寿司だ! やっぱりおばあの家で雛祭りといったら、これがないと! ちょっと幅は太めだけど、黄色い錦糸たまごが表面を覆っていて、しいたけやにんじんといった具材がところどころに見えている。

具材の大きさがそろっていないところが、かえって安心する。これはおばあが一から手間暇をかけてつくった証拠。しいたけは乾燥したところから一晩かけて水で戻し、他の具材と一緒に煮詰めて味をつけているのだ。そこまでできるおばあが、ボケているわけなんてない。

いつかはそういう日が来るかもしれないけど、今のところはまだセーフ。テーブルに並んでいるのは、これまでの日々と何ら変わらないおばあめしだ。

ちらし寿司、アサリのすまし汁、カンパチの刺身など、おばあ(祖母)が数日遅れで用意した雛祭り用の晩ごはん

メニュー
・ちらし寿司
揚げ、しいたけ、にんじん、錦糸たまご
・すまし汁
アサリ、春菊、豆腐
・高野豆腐
・カンパチの刺身
・サラダ
生:トマト、玉ねぎの醤油漬け、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草

「さっきから何してんねん! さっさと食べんと片付かんやろ!」突然、おばあの怒鳴り声がした。これもいつもと同じだ。そう思うと、何だかうれしくなった。僕は箸を手に取り、迷わずちらし寿司から食べはじめた。
「何黙って笑てんねん。きしょく悪いなあ」
とおばあの声がした。