おばあは僕にごはんをよそわせてくれない。半年ほど前から、わき腹に肉がついてきた僕の体型を気にして、おばあはごはんのお代わりを禁止した。そこで僕は自分で1杯目をよそうとき、2杯食べなくても満足できるように茶碗を山盛りにした。するとすぐに見つかって怒鳴られたうえに、それ以降、僕はしゃもじを持つことすら禁じられてしまった。
数日前、夕飯のテーブルには、ごはんだけが用意されていなかった。何ごとかと思ったら、僕は自分でごはんをよそうことを許されたのだった。ダイエットの効果が上がっているから、ごはんの量を増やしても大丈夫だとおばあが判断した、というわけではなかった。
あの日、炊飯器の中身は炊き込みごはんだった。おばあが炊き込みご飯をつくったのは、1年と数カ月ぶりのことだった。腕によりをかけて久しぶりにつくったので、たくさん食べてもらいたいとおばあは思っていたのだ。だから僕は好きなだけ茶碗に盛って、お代わりまでして、腹いっぱい米を食べたのだった。
そして今晩も、テーブルにはごはんがなかった。鶏肉っぽい揚げ物、サラダ、たけのこの煮物、茹でもやしという、栄養バランスがよさそうなおかずだけだ。炭水化物は揚げ物の衣に使っている小麦粉くらいしか見当たらない。
端がとがった小ぶりな揚げ物は、鶏のささ身だろうか。皿に盛られたどれも、厚めの衣がムラなくきつね色に揚がっていておいしそう。ごはんにも合いそうだけど、自分でよそってきていいのだろうか?
まさか今晩も炊き込みごはんなのか? おばあは先日、1年数カ月ぶりに炊き込みごはんを出した。それを今度は数日後につくったというなら、何か理由がありそうだ。いや、まだ炊き込みごはんと決まったわけじゃない。タイめしとか、季節外れの栗ごはんとか、特別なごはんを用意しているのかもしれない。今晩、僕は仕事で遅くなり、おばあは先に食事を終えているので、向かいのテーブルを見ても、どんなごはんをつくったのかはわからない。
ごはんがないということもあり得る。僕はこの前、炊き込みごはんを腹いっぱい平らげた。あの日とりすぎたカロリーのバランスを取るために、おばあは今晩、ごはん抜きのメニューにしたという可能性もある。
テーブルの脇に立ち尽くしていると、
「さっさと台所でごはん入れてこい!」
とおばあが声を荒げた。あれ、先日もまったく同じ経験をしたような……。
僕は急いで台所に向かい、炊飯器のフタを開けた。すると中には、
うすい醤油色をした、シイタケやにんじんなどの具材が混ざった炊き込みごはんだ! ダシと醤油の香りが食欲をそそる。
コンロの上の片手鍋では、この前の炊き込みごはんの日と同じく、茶碗蒸しが湯せんで温められていた。
・炊き込みごはん
にんじん、ごぼう、しいたけ、レンコン
・骨なしフライドチキン(惣菜)
・茶碗蒸し
・たけのこと手綱こんにゃくの煮物
・茹でもやし
・サラダ
生:玉ねぎ、ミニトマト、春キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
炊き込みごはんも茶碗蒸しも僕の好物だ。どちらも和風のダシが効いていて、味の相性も抜群。数日前と同じ組み合わせのメニューを出してきたのは、おばあも同じことを思ったからに違いない。
ところでなぜ、数日前に食べたばかりの炊き込みごはんを、おばあはまたつくったのだろうか? カレーをはじめ、おばあは今でも料理の改良を続けている。久しぶりに炊き込みごはんを味わって、もっとおいしくできる方法を思いつき、すぐに試してみたくなったのかもしれない。
ひと口食べてみると、濃厚なうま味を感じる。おばあがつくる炊き込みごはんには、かつおダシと干ししいたけの戻し汁、そして隠し味に昆布茶が入っている。この前と比べて少し醤油の味がうすいものの、味付けに大きな違いはない。だとしたら、具材が違うのか。そう思って箸で探ってみても、にんじん、ごぼう、しいたけ、レンコンという具材の種類は同じだ。
ひねくれ者のおばあに尋ねてみたところで、これまで同様、心の内を正直に明かしてくれるとは思えない。考えても答えは出そうにないし、とにかく腹が減っているし、ひとまず料理を食べ進めることにする。
うずらのたまご入りの茶碗蒸しはいうまでもなく、
たけのこと手綱こんにゃくの煮物も、炊き込みごはんによく合う。
そしてこの唐揚げは、ひとつかじってみると、
やはり淡泊なささ身だった。おばあが揚げたのではない。出来合いのものを買ってきたらしく、味付けが濃くて冷めている。だけどこれを口にすると、無性に炊き込みごはんが欲しくなった。僕は茶碗に手を伸ばし、がつがつとかき込んだ。総菜屋で買ってきた塩味の濃いささ身の唐揚げが、おばあの炊き込みごはんにぴったり合っている。そういえば、具材に鶏肉がない。たしか1年以上前に食べたときも鶏肉が入っていなかった。それが原因で、おばあと揉めたのだった。
数日前は、炊き込みごはんが食卓に並んだこと自体が久しぶりで、鶏肉が入っていなくても気にならなかった。だけどおばあは鶏肉の味わいが足りないことに気が付き、今晩、ささ身の唐揚げと一緒に出したのだろう。だとしたらなぜ、そんなまどろっこしいことをしたのだ。
「炊き込みごはんに鶏肉を入れなかったのはなんでや?」
僕は聞かずにいられなかった。するとテーブルの向かいでテレビを見ていたおばあは僕に顔を向け、
「鶏肉が嫌いな人にも、あげるんや! それくらい我慢せえ!」
と怒鳴った。そうだ、おばあは1年以上前も、炊き込みごはんを近所の女子会仲間におすそ分けしていた。そういえば、あのときもまったく同じことを大声でいわれた気がする。そのあと何もいい返さず、黙って炊き込みごはんをかき込んだのも懐かしく感じた。