メニュー
・たまご焼き?(たまご3個)
・煮物
カマボコ(年越しそばの残り)、大根、じゃがいも
・紅白なます
大根、にんじん、サバ
・白菜キムチ
・ごはん
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
お椀に3つ生たまごを割り入れ、塩を少々振り、菜箸を素早く振って切るようにかき混ぜる。このとき、混ぜすぎないこと。白身と黄身がマーブル状に分離しているくらいが、焼いたときに形がくずれず、ちょうどいい噛みごたえになる。混ぜたたまごは数回に分けて、熱したフライパンに流し込み、固まるそばから丸めつつ形を整えていく。その途中でまさか、おばあは失敗してしまったのか。
おばあはあれほど形の整った、食品サンプルみたいなたまご焼きを、切らずに丸ごと出していたのに。「ふわとろオムレツ」とは正反対の、端を持っても決して折れない、塩味だけの硬派な味わいが、おばあがつくるたまご焼きの真骨頂だった。
たまに夕飯でテーブルに並ぶときも、弁当に入っていたときも、形がくずれたものは一度も見たことがない。それが今晩のたまご焼きは見るも無残。中央で折れ曲がり、いびつにねじれ、端のあたりは海中の軟体動物みたいなひだをつくって固まっている。
とはいえ味は悪くなさそう。目玉焼きだって、僕は黄身をつぶして焼いたやつがけっこう好きだ。たまご焼きの端にはくぼみがある。その内側を見ると、微妙に生っぽい。複雑な形で焼きムラができている。口に入れたとき、固い部分とやわらかい部分の食感の違いが楽しめそうだ。
まさかおばあは、わざとこの形にしたのではないのか。これまで生きてきた83年のあいだ、おばあはさんざんたまご焼きをつくってきた。僕にもつくり方を教えてくれたことがある。今さら失敗するなんてことがあるだろうか。それにおばあは、自身がつくる料理のマンネリ化を嫌う。カレーの例でもあるように、同じ料理でも毎回、少しずつ異なる工夫を加えている。目の前のいびつなたまご焼きも、何か意図があって、あえてこの形にしたのじゃないのか。
疑問が湧き上がってくると、答えを聞かずにいられなかった。
「このたまご焼きやけどな――」
ところが、僕がいい終わらないうちにおばあは
「箸が新しくなっとるやろ!」
と別の話をはじめた。
たしかに僕の箸は、昨日まで使っていたものと違っている。
丸みを帯びた先っぽも、持ち手のあたりの角ばったところもまったくすり減っていない。色も全体的に均一な焦げ茶色で、見るからに新しい。それにしてもなぜ、僕が口にしたたまご焼きの話題を打ち消すように、おばあは箸の話をはじめたのだろう。やっぱりたまご焼きはただ失敗しただけなのか。そこに触れられたくないから、別の話を持ち出したのかもしれない。
「清荒神で箸、買うてきたんや!」
とおばあがいう。清荒神といえば宝塚にある、おばあが毎年、初詣に行く寺だ。「かまど神」と呼ばれる台所の神様を祀っている。そこで売られている霊験あらたかな箸で、僕とおばあはいつも食事をしているのだった。数年ごとに、おばあは新しい箸を買ってくる。
僕は箸を持った。古いものよりやや細く、角ばっていて持ちやすい。何度かはさむ動作をすると、違和感なくすぐになじんだ。この新品の箸で一番最初に食べるのは、さっきから気になっている、形のくずれたたまご焼きだ。真ん中のあたりをつかみ、端からがぶりとかぶりつく。
周りはよく焼けていて、薄いひだのような部分は少し焦げていて香ばしい。そしてところどころ、半熟に近い柔らかい部分が残っている。味付けは塩だけなのに、焼き加減で変わるたまごの微妙な味わいの違いが一口で楽しめる。おばあはやはり、あえてこの形にしたのだろうか。
再び疑問が湧き上がってくると、答えを聞かずにいられなかった。
「このたまご焼きやけどな――」
ところが、僕がいい終わらないうちにおばあは
「ああ、忘れとった!」
と、大声でいった。そしてイスから立ち上がり、台所に向かっていった。
テーブルに戻ってきたおばあが、僕の目の前に皿を置いた。その上では、半身の塩サバがはみ出し黄金色に照り輝いていた。身には細かく等間隔に切れ目まで入っている。全体をムラなく焼くための工夫だ。魚の質も焼き加減も申し分なさそうに見える。
たまご焼きを失敗したおばあは、この見た目のいい塩サバをわざと、台所に置いていたのではないか。そして僕がたまご焼きの話題を持ち出したところで、これを持ってきて、話をうやむやにしてしまおうという魂胆だったのでは。
いや、単純で短気なおばあがそこまで見越していたとも思えない。だとすると、塩サバを台所に置き忘れ、得意のたまご焼きがうまく巻けなくなっているというのも、それはそれで心配だ。
「箸が細いから魚、食べやすいで」
とおばあがいう。自分の塩サバの身を、おばあは箸で器用にほぐしている。手先の動きは問題ないようだ。ひとまず僕も塩サバを食べよう。たしかに新しい箸は、繊細に動き、塩サバの骨を一本ずつ抜くことができた。