いつもの夕飯の時間に居間に行くと、おばあがいない。普段はテレビを見ながら先に食べているのに。この時間におばあが出かけるとしたら、公民館で月イチでやっている町内会の常会か、知り合いのお通夜のどちらかだ。だけどテーブルには、おかずが並んでいて、箸をつけた形跡はない。
そういえば、血圧が高い人がトイレでいきんで突然死するケースが少なくないと、この前テレビの情報番組でやっていた。おばあはかなりの高血圧だし、近ごろ便秘ぎみだといっていた。まさか……。
「生きてるか!」
トイレがある玄関のほうに向かって僕は叫んだ。するとジャーっと、台所からフライパンで何かを炒めるような音が聞こえてきた。
台所ではおばあが、フライパンで牛バラ肉と玉ねぎを炒めていた。
「お前、何いうてるんや」
と顔も向けずにいう。
続いて、ピーマンとキャベツを投入。野菜炒めをつくっているのだろうか。いや、違う。
流し台の上には炒め油として贅沢に使ったらしいエクストラ・バージン・オリーブオイル、そして袋入りの中華麺がある。
中華麺を野菜炒めに加え、少量の水を垂らすと湯気が上がった。これは、まさか! おばあがつくるのは初めてかもしれない。
ソースはボトルに入った液状のものではなく、中華麺についてきたらしい粉末のものをふりかける。
そして菜箸で素早くかき混ぜると、香ばしいソースのかおりが湯気とともに立ち上った。僕はごくりと唾を飲み込む。
メニュー
・焼きそば
焼きそば用中華麺、牛バラ肉、玉ねぎ、ピーマン、キャベツ、
・ナスの炊いたん
・鯛の塩焼き
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
今日は焼きそばだ! 口にするのは数年ぶり。夏祭りの屋台で食べたのが最後だった気がする。あの焼きそばはつくり置きで冷たく、透明なケースがべたついていて、紅ショウガがやけに酸っぱかった。そのとき一緒にいた女の子とは、それきり会うことはなかった。全部、焼きそばが冷たかったせいだ!
焼きそばはやっぱり、アツアツのできたてに限る。僕の個人的な感情を差し引いても、そうに違いない。おばあははじめてつくるのに、長年の調理経験による勘が働いたのか、焼きそばのおいしさの要を理解している。できたての焼きそばを僕に食べさせるためにおばあは、僕が居間にやってきたタイミングで具材を炒め始めたのだ。
口に入れると、甘辛く懐かしいかおりが鼻を抜ける。麺はモチモチとして、歯触りが心地いい。ソースが粉末なので、べちゃっとせずに喉ごしもいい。玉ねぎの甘みと肉のうまみ、そしてたっぷりと入ったピーマンの苦味が効いている。
ところで、なぜこれほどピーマンを大量に入れたのだろう。ピーマン入りの焼きそばなんて、これまで食べたことがない。もしかしておばあは、僕のひと夏の苦い経験を知っているのか。いや、そんなことはない。僕は話していないはず。
おばあは目や耳が衰えてきているのに、勘だけは鋭い。まさか……そんなことはありえない。
「なんで、焼きそばつくったんや!?」
僕は聞かずにいられなかった。
「そりゃ、簡単につくれるみたいやったし、安くできるからや!」
おばあは力強く答えたけど、その理由はおかしい。安く上げるためなら何で、豪華な鯛の塩焼きが一緒に並んでいるんだ! それをいうなら目刺しか何か、もっと適当なやつがあるだろう。
とはいえ、僕は目刺しよりも鯛が好きだし、熱い焼きそばが食べられるのはうれしい。おいしいものを前にして、おばあといい争うつもりはないし、今日のところは黙って食べることにした。謎は近いうちに解明してやる、と思いながら僕は、一向に冷める気配がない焼きそばをすすった。