イクラと明太子と鶏卵で、たまごが1度に3種類も!おばあの献立の謎

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いくらと明太子とたまごの3種のメニュー

メニュー
・知らん魚の炊いたん(黒アイナメ?)
・なんきんとじゃがいもの炊いたん
・イクラのせ豆腐
・みそ汁
たまご、わかめ、玉ねぎ、青ネギ
・サラダ
生:キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・明太子のせごはん

「今日の魚は家で炊いたんや!」
僕が夕飯の席につくなりおばあがいった。家で魚を煮たかどうかなんて聞いてもいないのに、どうしてもアピールせずにはいられなかったらしい。どうやらおばあは今日、いきつけの商店街の魚屋で、出来合いの魚の煮付けではなく生魚を買ってきて調理したようだ。手間ひまをかけたことに感謝して、魚の煮付けを口にして欲しいとおばあはいっているのだ。

何年もおばあの手料理を食べ続けているのだから、家でつくった魚の煮付けかどうかくらい、ひと口食べれば簡単にわかる。商店街の魚屋がつくった煮付けも悪くはないけど、一度冷めたものを電子レンジであたためることになる。それよりもおばあが調理した出来たての煮付けのほうが身がぷりぷりとしておいしい。

食べればわかるようなことをわざわざ声に出して伝えるよりも、むしろ黙っていたほうが押し付けがましくなく、ありがたみがある。そんなことより、僕が席についてから気になっているのは別のことだ。

まず木綿豆腐の冷奴にはイクラがのっている。これは先日も食卓に並んでいた。豆腐の淡白な味わいと醤油漬けのイクラが、ありそうでなかった絶妙な組み合わせの一品だ。さらにごはんには、おばあが近所の人からもらった博多みやげの明太子が居心地よさそうに横たわっている。これだけて茶わん一杯は軽く空になる。ダイエット中の身にはこたえるけど、ごはんのお供として相性は最上級。そして、みそ汁には、にわとりのたまごがひとつ割り入れられ、固くなるまで煮込まれている。そう、たまごが3種も、ひとつの献立に使われているのだ。

しかもテーブルを挟んだおばあの席のメニューには、たまごがどれひとつとして見当たらない。おばあは魚のたまごが嫌いなので、ごはんも豆腐も白いまま。にわとりのたまごは、1日に何個も食べると体に悪いとおばあは固く信じていて、朝食にゆでたまごをひとつ平らげると夕飯では口にしない。

なぜ僕にだけ、3種のたまごを出したのだろうか。2週間以上前から冷蔵庫に入っているイクラや明太子の賞味期限が近づいているのかもしれない。そうだとしても、2種類の魚卵があるところにあえて鶏卵入りのみそ汁を加えたのはなぜなのだろう。何か理由がありそうだけど、3種のたまごのことをおばあはあまり気にかけていないようだ。「魚は家で炊いた」ということのほうが重要なのだ。

「なんで3種類のたまごを一緒に出したんや?」
僕は疑問を口にした。おばあは目を見開いて不思議そうな顔をした。
「たまごというても、ぜんぶ違うやつやないか」
おばあには、たまごが3種類あるという認識はなかったのだ。それぞれまったく別の食材であり、たまたま一度の献立に3つがそろったというだけのこと。さっきの魚の煮付けに対する発言のこともあるし、僕はおばあの間には、決定的に理解し合えない深い溝が横たわっているようだ。

「イクラも明太子も、一緒に食うのはあかんのか?」
魚の煮付けをつつきながらおばあがいった。
「そんなことはないけど……。みそ汁のたまごも好きやし」
僕が答えると、おばあは魚の身を口に入れたあと、箸で僕を差しながらいった。
「そうやろ。ぜんぶお前が好きなやつやろ」

そうか。おばあは今晩のメニューにたまごを何種類もそろえたというより、冷蔵庫にあった僕の好物を一度に出してくれたのだ。煮付けも、僕がおばあの手づくりのほうを好んでいることを、おばあはちゃんと知っている。おばあとの間の溝というのは見た目が暗いだけで案外、底は浅いのかもしれない。僕は魚の煮付けをひと口食べて、いつもと変わらない味の感想を伝えた。