メニュー
・メアカ?の炊いたん
・なんきんと芋の炊いたん(2日め)
・コロッケ(商店街の惣菜屋のもの)
・みそ汁
豆腐、玉ねぎ、青ネギ
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
おばあが知っている魚の名前はマグロやタイ、アジ、サバなど、都会の回転寿司屋の寿司ネタになっているような一般的なものばかり。人里離れた愛媛の山奥で育ち、子どものころは海の魚を見たこともなかったというから、小アジと小イワシを見分けられるようになっただけでも大きな進歩といえなくもない。
おばあは近くに住んでいた大工のおじいと一緒になって、大阪の内陸部に出てきた。だから魚についての知識を深める機会はなかった……にしては、珍しい魚をよく買ってくる。いきつけの商店街の魚屋が、安さが自慢のスーパーに対抗して魚の質と種類の豊富さで勝負しているからだ。おそらくおばあは魚屋の店主に聞いたその日のおすすめを、名前をはっきりと覚えないまま買っている。そして家に着くまでに忘れてしまうのだ。
今晩も商店街の魚屋で買ったとおぼしき魚の煮付けが食卓に並んでいる。皮が赤くアイナメより大型で、タイよりも目玉が大きい。これはたしかキンメダイだ。わりと知られている魚だけど、おばあが名前をいえるかどうかはわからない。僕が箸をつけようとすると、
「メアカや! その魚はメアカと書いてあった!」
おばあは聞いてもいないのに、大きな声で答えた。
僕が魚の名前を聞くようになり、そのたびに「知らん」と答えていたのでは、おばあのプライドが傷つのだろう。先日、塩焼きのイサキを出したときには、おばあは手元の“カンニングペーパー”を見ながら名前を告げた。ところが今日は、テーブルの向かいの席で右手に箸を持ち、左手で僕の席の煮魚を指差している。
この魚はキンメダイではないのか。いわれてみればキンメダイは厚みがもっとうすく、口が上に向かって突き出していたような気がする。僕も数えるほどしか食べたことがないのであまり自信がない。
だけどメアカといわれても、目よりも全体の皮のほうが赤い。“アカメ”はいるけど、目だけが赤いまったく別の魚だ。手元のスマホで検索すると、メアカという魚は、明らかに目の前の煮付けと形が違うフグやボラの別名として表示されるだけだ。
おばあは「メアカと書いてあった」といった。つまり値札に書かれていた文字を見て覚えたということだ。商店街の魚屋や八百屋の値札の文字は、手描きで目立ってかっこいいけど、読みにくいことがある。おばあは読み間違えたのかもしれない。
「値札に、このメアカの値段はいくらと書いてあったんや?」
僕は聞いた。すこし間があっておばあは答える。
「……いい値段や」
「いいっていくらや?」
「まあまあや!」
おばあは声を荒げた。値段を覚えていないのだ。値札に一緒に記載されているはずの魚の名前も、本当に覚えているのかどうか怪しい。
「そんなんええから、冷めへんうちに早う食え!」
おばあはいった。はじめに魚の名前を口に出したのはおばあのほうなのに。僕は釈然としないまま、“メアカ”に箸をつけた。
薄い皮がやぶれ、醤油ベースの味付けで色づいた白身がほろほろとくずれる。甘辛く、生姜が効いた味付けは魚自体の濃い味と調和していてとてもうまい。思わずごはん茶わんに左手が伸びる。キンメダイかどうかは、僕にはよくわからない。ただおばあは、魚の名前をあまり知らないけど、どんな魚でも味を引き立てる調理方法を心得ていることはたしかだ。