通夜帰りにおばあが理想の死に方をさとる!?大根と手羽元の炊いたんと鯛のあら

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メニュー
・煮物

手羽元、大根、糸こんにゃく、たけのこ
・鯛のあらの炊いたん(2日め)
・酢の物(ナカムラさんからもらった)
切り干し大根、切り干しにんじん、煮干し
・みそ汁(2日め)
白菜、豆腐、わかめ、じゃがいも、たまご
・サラダ

生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

夕飯を食べに、いつもの時間におばあの家にやってくると、家の前で、引き戸のカギを開けているおばあに出くわした。コートや靴、かばんまで黒づくめの格好をしている。

昨日、おばあの知り合いが亡くなった。今日は夕方から通夜をやっていたはずだ。場所は歩いて15分くらいの葬儀場。おじいが死んだときもそこで葬式をした。

亡くなったのは大工だったおじいの弟子として、かつて住み込みで働いていた職人だ。その人が若いころは、おばあがごはんを食べさせていたという。

おばあは僕と一緒に食べる夕飯の時間に合わせて、通夜から帰ってきたのだ。家に入ったおばあはまず、台所に向かった。鍋が置かれたコンロに火をつけ、寝室に行って喪服から普段着に着替える。

寝室から戻ってきたおばあは台所で、温まった料理の配膳をはじめた。僕が手伝おうとしても「じゃまや! 向こうで座っとけ!」と肘で押しのける。いつも僕には台所での作業を手伝わせてくれないけど、今日は一段と強引だ。すでにおばあがよそっていた、ごはん茶わんとみそ汁の椀を持って、僕は食卓についた。

おばあは今日、忙しかったはず。だからおかずは昨日の鯛のあらの煮付けを温めただけかと思っていたら、新たにつくった煮物もある。

煮物の大根は軽く押し当てるだけで箸が突き刺さり、たっぷり染みた煮汁があふれ出す。かなり長い時間、煮込んでいたようだ。昼間、いや午前中から時間を見つけて、おばあは夕飯の準備をしていたのだろう。

滴がしたたる大根を口に入れる。うす口醤油とみりんがベースの味付けに、大根の甘味が加わった煮汁が口の中に広がる。それだけじゃない。自然な甘味や一緒に煮込まれた鶏肉の味。そして、魚の風味が濃厚に感じられる。魚だって? そうか、鯛のあらだ。

煮物の隣の皿には、昨日も食べた鯛のあらの煮つけが盛られている。鍋に残っていた鯛のあらと一緒に、大根や鶏肉などの具材を入れて煮込んだものが、今日の煮物に違いない。おばあはそうすることで、料理の時間を短縮させたのだろう。

「この煮物、鯛のあらと一緒に煮たんか?」
僕が聞くと
「そんなん、どっちでもええやろ!」
有無をいわせない強い口調で返された。

忙しい日でも時間を短縮せず、手間暇をかけて煮物をつくったということにしておいてほしいのだろうか。いや、言葉の通り、おばあはほんとうに「どっちでもいい」ことだと思っているのかもしれない。

おばあは台所にいたときから機嫌が悪かった。手料理を食べさせていた自分よりも20歳ほども若い人の死に顔を見てきたばかりなのだ。それに比べれば、他のことなんて大抵が「どっちでもいい」だろうと思う。

おばあは食後に煎餅の袋を開け、中身を食べはじめた。葬儀場で通夜の参加者に配られたものだという。かつお節とえびの入った小さくうすい煎餅を2枚重ね、総入れ歯で固いものが苦手なのにもかかわらず、音を立てて噛みしめる。

僕は数枚もらっただけで、おばあはひとりでどんどん食べすすむ。そして袋の奥に手を入れて、かさかさと探り、最後らしい一枚を手にとって口を開いた。
「急なことやったけど、あの子、ぜんぜん苦しむことはなかったんや。寝たまま、あんなふうに死ねたらええなあ」

おばあの顔からは険しさが消えていた。悲しみも、嬉びも感じられない目で遠くを見ている。僕は返す言葉が見つからず、煎餅の袋を捨てようと手に持って立ち上がった。袋の中にはまだ、割れて半分になった煎餅が一枚、残っていた。