メニュー
・さんまの開き
・エビの天ぷら(スーパーの惣菜)
・なます
大根、にんじん、さば
・いくらの醤油漬け
・麻婆豆腐
豆腐、ひき肉
・サラダ
生:イチゴ、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
さんまの開きにエビの天ぷら、麻婆豆腐……。サラダにはイチゴまでのっている。品数が多くて、彩りは鮮やかで一見、豪華だけど、何がメインなのかよくわからない。おばあはいつも料理の相性には気をつかっているのに、今日の献立はとりとめがない感じがする。
それにごはんが入った茶碗がない。おばあはいつも、料理に関しては口出しされたくないらしく、配膳も自分で完璧にこなそうとする。だけど今日は、毎日出しているはずのごはんを忘れているようだ。
僕が料理のことを指摘すると、おばあは途端に不機嫌になる。「料理をつくったのは誰や!文句いわんと出されたものを食え!」とおばあは毎度、声を荒げる。今日のおばあは口数が少なく、少し目が虚ろで僕の方を見ようともしない。何か気に入らないことでもあったのだろう。お腹が減っているときに怒鳴られるのも嫌なので、僕は黙って台所に行きごはんをよそった。
「ああ、ごはん出すの忘れてたわ」
テーブルの向かい側でおばあがいった。痰が絡んだようなだみ声に聞こえた。おばあは先週のはじめにインフルエンザにかかった。だけどもうほとんど回復していたはずだ。声は僕の聞き間違いだろうか。
まずは、いくらの醤油漬けをごはんにかけてかき込む。張りのあるいくらがプチプチとつぶれる食感が心地いい。味付けは醤油にみりんの甘味が効いていて、とろりと流れ出たいくらのおいしさと合わさり、これだけでごはんがいくらでもすすむ。なぜ他にもごはんに合う、さんまの開きや麻婆豆腐を一緒に出しているのだろうか。続いてなますを口に含むと、思ったより酢がきつめでむせそうになった。
向かいのおばあが咳込んだ。なますでむせたのか。そう思って目をやると、おばあはポケットから折りたたんだティッシュを取り出し、鼻をかんだ。見開かれた両目は充血している。まさか、治りかけていたインフルエンザがぶり返したのか! 予防接種を受けていたのにこれほど長引くなんて、今年のウィルスはよほど強力に違いない。
おばあに調子をたずねると、すこし熱っぽいという。おばあは頭がぼーっとして、ごはんを出すことを忘れてしまったのだ。それにひとつひとつの料理はおいしいけど、その組み合わせまで頭が回らなかったのだ。
そういえば、おばあは麻婆豆腐をつくったことがない。聞くと近所の人にもらったのだという。先週、おばあがつくったカレーをあげたお礼のようだ。
だとしたら、おばあに感染したかなり強力なウィルスが、カレーを介して近所に広まっていることになる。
僕は大変なことが起きる予感に突き動かされるように、いくらの醤油漬けでごはんを一杯平らげた。そしてもう一杯、おかわりした。おかずはまだまだ残っている。しっかり食べて僕だけでも抵抗力をつけなければ。だけど実は、僕もすでに熱っぽい。