お腹を壊したカスピ海ヨーグルトの悪夢が頭をよぎる。4日前のおでん

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・おでん(4日め!?)
牛すじ肉、大根、ごぼ天、ちくわ、糸こんにゃく、たけのこ
・知らん魚の炊いたん(魚屋が調理したもの)
・麻婆豆腐(2日め。もらったもの)
豆腐、ひき肉
・サラダ
生:イチゴ、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

見るからに味が染み込んだ黒っぽい煮物が皿に盛られている。具材は大根にたけのこ、糸こんにゃく、牛すじ肉……これは、ただの煮物じゃない。おでんだ!

おばあがおでんをつくったのはたしか、4日前のこと。あのときも、テーブルに置いた鍋から各自が取り分けるいつものスタイルではなく、なぜか具材がすでに皿に盛ってあった。4日前のおでんなんて、衛生的に大丈夫だろうか。

おばあは以前、近所のナカムラさんから、カスピ海ヨーグルトを分けてもらったことがある。このヨーグルトに含まれている菌は、普通の乳酸菌よりも低い温度で素早く増殖する。だからスプーンですくって牛乳に入れるだけで、家でも簡単にヨーグルトをつくることができるのだ。

ただし雑菌も一緒に増えてしてしまうと健康にいいどころか、お腹を下してしまう。なぜわかるかというと、僕が身をもって体験しているから。

カスピ海ヨーグルトを増やして食べ続けるには、容器が2ついる。きれいに洗った容器に牛乳を入れ、そこにもう一方の容器からカスピ海ヨーグルトをスプーンで数杯投入する。それを常温で一晩くらい置いておく。牛乳全体がとろとろになったところで完成だ。本来はヨーグルトをつくるごとに、片方の容器を洗浄するので雑菌が増殖しないのだ。

ところがおばあは、ひとつの容器しか使っていなかった。500ミリリットルの透明容器の上半分くらいがなくなると、牛乳を継ぎ足しては混ぜ、常温に置いていた。これをおばあは、2・3ヶ月ほど続けていた。忘れっぽいおばあのことだから、一晩どころか一日中、冷蔵庫の外に出していたことも珍しくなかっただろう。

おばあがつくったヨーグルトを毎晩、夕飯のあとに食べていた僕は、あるときから原因不明の下痢に悩まされるようになった。僕はヨーグルトに、おばあがダイエットのために買っていた人工甘味料のシロップを入れていた。その容器に、食べ過ぎるとお腹を下すと書かれていたので、ハチミツに変えたりしたけど効果がなかった。

一週間くらい下痢に悩まされていたある晩、僕はおばあの家の台所で、常温で放置されていたカスピ海ヨーグルトの容器を発見したのだった。おばあが冷蔵庫に入れ忘れたのだろう。容器のフタを開けると、ゴムパッキンにカビが発生し、もともと白いゴムがすっかり緑色になっていた。小皿に盛られた量だと気付かなかったけど、容器にスプーンを突っ込むと、とろとろの箇所とあまり固まっていない水っぽい箇所がまだらに混じっていた。

腐っていた容器の中身を、僕はトイレに流し、おばあは小分けになったヨーグルト〈ダノンビオ〉を食べるようになった。

4日前のおでんは、大丈夫だろうか。まだ肌寒い日が続いているとはいえ、台所は灯油ストーブを炊いている居間とつながっていて温かい。常温で放置していたなら、あのヨーグルトでも問題なかったおばあはともかく、僕はお腹を壊してしまうだろう。

箸をつけるのをためらっていると、
「毎日、火を入れてたんや! 悪うになってへん!」
そういっておばあは、自分お皿のごぼ天を手でつまみ、豪快に半分ほどかじった。腹が丈夫なおばあのいっていることだし、手づかみだし、説得力があるのかないのかよくわからない。

僕は恐る恐る、真っ黒いごぼ天を箸でつまみ、先っぽをかじった。練りものの部分はもちろん、中心の固いゴボウまで味がしっかりと染み込んでいる。日にちが経っていても全体的に固くはなく、むしろ少しふやけ、ちょうどいい歯ごたえ。つぎは半分ほどかじってじっくり味わう。そして別の具材をと思ったけど、結局一気に食べてしまった。

牛すじ肉も同じく、甘辛い味がまんべんなく染みわたっている。脂が抜けてさっぱりとした口当たりなのにゼラチン質が多くてやわらかい。噛むたびに味が染み出てくる。僕はたまらず、ご飯茶碗に手を伸ばした。