おばあがマサオの死を悼む。味の濃いキムチと正反対、白菜と豚肉の炊いたん

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・白菜と豚肉の炊いたん
白菜、豚肉
・温奴
絹ごし豆腐、かつお節
・みそ汁
絹ごし豆腐、白菜、わかめ、青ネギ
・野菜
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

「マサオと書くのになんで呼び方が違うんや。おんなじ漢字やのに不思議や」
テレビを見ていたおばあがいった。

僕がスマホをいじって食事に集中していないと怒るくせに、おばあはテーブルに並んだ料理そっちのけでテレビを見ている。おばあは普段、海外のできごとに興味を示さない。だけど連日報道される、登場人物が全員外国人の北朝鮮がらみのニュースは気になって仕方がない様子。

「あの国は、いちばん偉い人のお兄さんが死んだのに、国のテレビでなんにもいってないらしいわ。なんでやろうか?」
「マサオ」の話題をテレビで見聞きすると、いくらでも疑問が湧いてきて、他のことに集中できないようだ。テレビの報道よりもわかりやすく噛み砕いて教えてほしいらしく、僕に疑問をぶつけてくる。NHKでも真相を把握しきれていないのに、僕にわかるわけがない。ただ、その「いちばん偉いひと」が黒幕なのは濃厚らしいとおばあに伝える(韓国の名前の呼び方はおばあに通じない)。ところが血の繋がった兄を弟が葬ったなんて、おばあには信じられないようだ。

「なんでそんな怖いことをするんや?」
とまた、ややこしいことを聞いてくる。僕は話の矛先を変えることにした。
「マサオの弟は、目的のためにはなんでもする冷徹な奴なんやろう。でも彼も人間やしお腹が空く。おばあも好きなキムチを、毎日食べてるんとちゃうかな」
「食べてるやろうか?」
「韓国では毎日食べてるらしいし、北でも食文化は変わらへんやろう。庶民はどうかわからへんけど、いちばん偉い人間なら、最高にうまいやつを食べてるはず」
おばあがごくりと唾を飲み込んだ。よし、と僕はテーブルの下で小さくこぶしを握った。おばあの関心は別のところに移った。

おばあはキムチに目がない。テーブルに瓶詰めがあるとひとりで一気になくなるまで食べてしまう。さらに好きなのはキムチ鍋で、僕と競い合って大きな土鍋を2人で空にしてしまう。今年の冬はすでにキムチ鍋を2日連続で2回、合計4回食べているけど、これでも抑えているほうだ。

キムチはもともと保存食だけあって塩分が多い。おばあはかなりの高血圧で、血圧を高める塩分を控えている。好きなキムチを食べすぎてしまうと寿命が縮まることをおばあはわかっているので、できるだけ買ってこないようにしているのだ。だけど我慢にも限界があるようで、定期的にキムチやキムチ鍋が食卓にのぼり、おばあはそれをむさぼり食う。

おばあはようやく、夕飯に手を付けはじめた。まず白菜を口に運ぶ。何度か噛んで、小さく首をひねったように見えた。次に豚肉。まただ。今度はたしかに首をひねった。味付けに失敗したのだろうか。僕が覚えている限り、おばあが得意とする煮ものはいつもおいしい。

僕も白菜を食べる。煮汁がしっかりと染み込み、噛むと白菜の甘味とともにあふれ出してくる。続いてぷるぷると、張りがあってやわらかい豚肉を口に入れる。うま味と脂が、口の中に残っている甘味と少しのしょっぱさと一体になる。僕好みのうす味で、素材のおいしさがはっきりと感じられる。おばあはなぜ、首をかしげたのだろうか。

「もう少し、辛くしたほうがよかったな」
おばあがいった。白菜と豚肉を食べた僕に同意を求めている。
「このままでいいと思うけど、おばあはもっと味が濃いほうがいいのか?」
「そうや。塩と、それに唐辛子の辛さもほしいな」
そうか。おばあは、大好きなキムチの味とくらべてしまい、煮ものにした白菜と豚肉が物足りないと感じたのだ。

そういえば、白菜と豚肉といえば、おばあがつくるキムチ鍋のメインの具材だ。それに、隣の皿には珍しく豆腐を温めた温奴がのっている。豆腐もキムチ鍋には欠かせない。この奇妙な一致は何を意味するのか……。もしかしてこれは、禁断症状ではないのか。好物を我慢しすぎたせいで無意識に、おばあはキムチ鍋の食材を買ってきた。そう考えれば辻褄が合う。

それほど食べたいのなら、そろそろつくってもらおう。たまには好きなものを食べてストレスを減らすのも、血圧のためには効果的かもしれない。高血圧を気にしているおばあは自分からはいい出しにくい。封印を解くのは自分のつとめだと思い、僕はいった。
「今度、キムチ鍋をつくってや」
「そうか」
とおばあは小さくうなずいた。一瞬だけ見開かれた両目が輝いたのを僕は見逃さなかった。