玄関の戸を開けた瞬間ただよってくる、この強烈にごはんが欲しくなる和風の香りは!? 僕の大好物、すき焼き!
今日は暑くてTシャツ一枚だけど、すき焼きだったら熱々でも大歓迎だ! 汗が噴き出しても構わずバクバク食べてやる! そう決意して、靴を脱ぎすて居間に飛び込むとテーブルにあったのは、やっぱり大きな鍋…‥すき焼きだ!
「なんや、そんなにあわてて」
おばあの言葉に返事もせず、僕は一目散に席に着く。
「そんなにお腹減ってんのか?」
あきれたようにおばあが言いながら――
鍋のフタに手をかけ――
持ち上げる。すると、その中身はもちろん――
すき焼き……なのか……!?
たしかに色は濃い目の醤油色だし、ネギにエノキにシイタケという、すき焼きの名脇役が入っているけど……。肝心の肉は鶏肉だし、チクワやさつま揚げなどの練り物も混ざっていて、やけに汁が多い気が……。
もしかしてこれ、すき焼きと煮物を合体させた、ありそうでなかったオリジナル料理!! そうなんやろ、おばあ!
そうじゃないとしたら……あれほど得意だった煮物やすき焼きの作り方を忘れてしまったということになるやんか!?
知り合いのおばあさんは、手料理の味がおかしくなって認知症が発覚したというけど……。料理上手で何十年も、誰かのために作り続けてきたおばあに限って、そんなことあるわけない!
「これ……なんていう料理なんや?」
恐る恐るおばあに聞いてみると
「ごった煮や!」
即座に答えが返ってきた。
この反応の良さ、得意料理のつくり方を忘れるほど脳が衰えているとは思えない。それに献立は『ごった煮』の他に、近ごろ定番の『野菜と焼き魚のワンプレート』もある。
しかも今晩の魚は――
形はスリムな流線形、色は透明感のある緑で、全身から放たれる黄金の輝き! まさしくこれは、清流の女王、鮎! これから到来する暑い季節を予感させ、美しい見た目も食欲をそそる。そして何より食卓に鮎が並ぶなんて、かなり豪勢な気分になる。
メニュー
・ごった煮
鶏肉、ネギ、エノキ、シイタケ、チクワ、さつま揚げ
・鮎の塩焼きと野菜のワンプレート
野菜:トマト、キャベツ、ブロッコリー、ピーマン
・ごはん
鮎は手づかみで頭からかぶりつく。するとさわやかな香りが鼻に抜ける。身は淡泊な味わいで、内臓のほろ苦さと程よい塩気がたまらない。
5月に鮎とは、出回りはじめたのを早速買ってくるおばあのセンス、そして絶妙な加減に焼き上げる料理の腕前……衰えるどころか、まだまだ冴え渡っている。
すき焼きと煮物を合わせた『ごった煮』は――
ダシの効いたすき焼きといえる味わいで、どんどんごはんがすすむ。本家のすき焼きにも負けていない。いや……日々、季節感を取り入れ、新しくておいしいものを作ろうと工夫を凝らしてくれているおばあを思うと、おいしさがさらに増してきて……普通のすき焼きに勝利した!