ひな祭りにおばあが孫(30代男)に作った、タンパク質たっぷり『男めし』

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80代の後半にさしかかったおばあは、さすがに近ごろ物忘れが増えてきた。だけど季節の行事のことは僕以上に覚えていて、豪華な料理を用意してくれる。前回のクリスマスも先月のバレンタインデーもスペシャルメニューをこしらえて、その行事の本来の意味もわからないまま、チキンやケーキを食べまくってお祝いした。

ただ、30代の男の僕と二人で、桃の節句を祝うのは違和感があるらしく、よっぽどやる気があるときしか料理を用意してくれない。歳をとるごとに、行事の用意が面倒になってきたのもわかるけど……色鮮やかなちらし寿司とか蛤のお吸い物とか、お雛様をかたどったお菓子とか、ひな祭りのスペシャルメニュー、僕は密かに楽しみにしているのに……。

とはいえ、リクエストするのも違う気がするし、毎日の料理を自分で用意することにかけては人一倍プライドがあるおばあのところに、僕がスーパーでちらし寿司を買って持っていくというわけにもいかない。

何もなかったらがっかりするので、期待しないよう自分に言い聞かせながら、僕は今晩もおばあの家にやってきた。居間では、おばあがいつものように席に着いてテレビを見ている。その様子からは、ひな祭りを祝っている感じが――
ひな祭りの料理を用意して席に着いている祖母
まったくない! 頭には寝グセがついたままで、羽織ったはんてんはむしろ、いつもより地味だし、コロナウィルスのニュース番組を見つめる顔からは何の感情も読み取れない。

まさか……今日がひな祭りだということすら忘れてる!? 単なる軽い物忘れだと思っていたおばあの記憶力は、僕が気づかないうちにそこまでひどい状態になっていたのか!?

茫然としていると、

「何してんねん! 熱いうちにさっさと食べや!」
とおばあの大声が飛んできた。

あわててテーブルに着くと、そこにはなんと――
祖母(おばあ)が作った、焼いた鶏肉(チキンソテー)
こんがりと飴色の焼き目がついた、大きな鶏肉が! しかも2枚も!! このスペシャル感、おばあは今日が特別な日ということを忘れていなかった!?

それに鶏肉の下には、キャベツとレタスがたっぷり敷かれているのに――
キムチを乗せた生ブロッコリー入りの野菜サラダ
生ブロッコリー入りのいつもサラダがちゃんとあって、おまけにキムチまで乗っている!

さらに―
昆布と豆腐がたっぷり入った味噌汁蕎麦
厚い昆布と豆腐がたっぷりの味噌汁……に蕎麦が入った、この前おばあが開発した新メニュー、味噌汁蕎麦まで!

これは……桃の節句とはまったく関係ない……それどころか、タンパク質たっぷりで、食後に筋トレすればムキムキになれそうな、なんて男らしいメニューなんや、おばあ!

「ちょっと焼きすぎたわ」
とおばあが言う通り、鶏肉にかじりつくと固くて噛み応えがあって、食べているうちに何だか全身に力がみなぎってくる。分厚いウェルダンで水分がとんでいて、力強く噛めば噛むほど旨味が染み出してくる。

桃の節句に、あえてこのメニュー、そしていつもなら柔らかくジューシーな鶏肉がこの焼き加減……

『もっと男らしく体を鍛えろ』というおばあのメッセージに違いない! そう思うと、食べている最中から腕立て伏せをしたくてたまらなくなった。

食後に床にうつぶせになって体を両手で持ち上げると、10回もしないうちに、何年か前におばあがつくってくれた、錦糸卵と紅生姜が乗ったカラフルなちらし寿司が頭に浮かんできた。