な、何なんだ、この黒く、いびつな塊は!? 放つにおいは“香ばしい”を通り越して焦げ臭く、テカテカと輝いているのは、脂……もしかしてこれ、肉……なのか? 完全に焦げている。焼肉だったら鉄板の端に寄せられて、誰も手を付けないやつだ。今晩はその炭になりかけた肉が――
メニュー
・牛肉の焼いたん
・煮物
タケノコと手綱こんにゃくとワラビ
・おからの炊いたん(買ってきた)
・紅白なます
サバ、大根、にんじん
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、ミニトマト、キャベツ
茹で:ブロッコリー、アスパラガス
・ごはん
メインディッシュじゃないか!? そもそもどうしてこんな、食べられそうもない焦げた肉を出すんだ! おばあは「いつ死ぬかわからへん」という理由で、自分がおいしいと思うものしか食卓に並べないはず……ということはもしかして、味は意外と……。
ためしに一切れ箸でつまんでみる。形はぐにゃりと縮れ、端のほうは固い炭になっている。ちょうどいい焼き加減だと食欲をそそる脂のテカりも、これでは逆効果でしかない。見た目はまったくおいしそうじゃないけど、肝心なのは姿かたちではなく、味だ!
黒く縮れた物体を、思い切って口の中に放り込む……これは! 醤油ベースの甘辛い味がついている。その水分が火にかけすぎたせいで蒸発し、味が濃縮され、肉の脂と混じってベタついている。肉はどこまでもビターで、外側はサクサクして……うま……い、わけがない!
いつもなら焼き肉を口に入れると、ごはんをかき込みたくなるけど、これはもう、一口目からお茶を流し込み、口と喉を洗浄せずにはいられない。つくってもらって悪いけど、おばあ、これは食べられないよ。
そのおばあというと、僕が来るより先に食事を終え、テーブルの向かいの席でNHKのニュース番組をぼうっと眺めている。
「この肉、おばあは食べたんか?」
と聞いてみると
「苦いから食べてへん! 嫌なら食うなや!」
となぜか大声で怒られた。
焦げて苦いとわかっているなら、なんで出すんや! そういい返したかったけど、ぐっとこらえた。つくってくれたのはおばあだ。理不尽でわけがわからないと思っても、僕に文句をいう筋合いはない。
それに、おかずは他にもある。
タケノコとこんにゃく、ゼンマイの煮物に、
おから、
紅白なます、そして――
いつものサラダという、ほぼ野菜のメニューだ。どれも嫌いじゃないし、おばあがつくる煮物や紅白なますの味付けは毎回、絶妙でおいしい。だけどこれだけでは、どうにも物足りない。
ここに焼いた肉があれば、味わいも栄養も完璧だったはず。それをどうして、焦がしてしまったんだ! 野菜のおかずを食べれば食べるほど、無念な気持ちがこみ上げてくる。
そうして食べすすめていると、おばあがどこからともなく箱を取り出し、テーブルに置いた。中に入っているのは――
うす茶色の皮で包まれた高級そうな和菓子。それが整然と並んでいる。最中(もなか)だ!
フタには「名物 みむろ」とある。どうやら奈良のお菓子らしい。奈良観光のお土産か、おじいの月命日のお供え物として、知り合いが持ってきたのだろう。
その「名物 みむろ」を、おばあは――
ひとつつまみ上げ、
狙いをつけるようにじっと眺めて、勢いよく――
サクッと心地いい音を立ててかじりついた。そしてーー
中にぎっしり詰まったあんこを、見せつけるようにこちらに向け
「お前も食べや。甘いで!」
と僕にもすすめた。
超がつくほど甘党のおばあは、人からもらったちょっといいお菓子を、いつも一人で食べてしまう。自ら僕に分けてくれるなんて、滅多にあることじゃない。さては、この高級最中で、メインディッシュの肉を焦がしてしまった埋め合わせをしようというのか! 口の中にはまだ、さっきの肉の苦さが残っている。
「はよ、食べてみい!」
おばあが急かしてくる。
わかったよ、おばあ。それで全然かまわないよ。だけど、
「今ごはん食べてるから、甘いものは後にさせて!」
と僕はいった。
それでもおばあは
「ええから食え!」
とひとつつまんで、強引に差し出してきた。仕方なく受け取り、食べてみると、外側は見た目以上にサクッと軽く、中のあんこは品のいい甘さで、次々と食べたくなる。思わず一気にひとつ平らげてしまった。すると、さっきまで口の中に残っていた肉の焦げた味は、きれいさっぱり消えていた。
まさか、甘い最中をよりおいしく感じさせるために、わざと苦い肉を……いや、それは考えすぎか。そう思って顔を上げると、
「もう一個、食べや!」
おばあが嬉しそうな顔で、また最中を差し出してきた。