忘れられないおばあの牡蠣鍋!決め手は味噌とニンニクの絶品スープ!

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空きっ腹を刺激する香りが、おばあの家の中に立ち込めていた。味噌とおろしニンニクを合わせて煮詰めたような、パンチの効いた香り。これ絶対、ごはんに合うやつだ!

この香り、かつてどこかで食べた料理のはずだけど……あと一歩のところで思い出せない。記憶の中にはもくもくと湯気が立ち上り、料理の輪郭がぼんやり浮かぶだけだ。

そんなことを思っていると、台所からおばあが湯気に包まれながらやってきた。ふきんをそえた両手で持っているのは、中身がまだぐつぐつと沸騰している底の深い土鍋。それが部屋に入ってくると香りがますます強くなり、僕の空腹も激しくなっていく。そうだ、以前にも嗅いだこの香りは、たしかに鍋料理だった。

土鍋に入った味噌味の牡蠣鍋を運んできたところ

おばあはテーブルの真ん中の鍋敷きに、あふれんばかりに中身が詰まった土鍋を慎重に置いた。思った通り、スープは茶色い味噌仕立て。具材はおばあの好物の春菊に長ネギ、豆腐といった鍋料理の定番具材に加え――

土鍋で作った味噌仕立ての牡蠣鍋

牡蠣がごろごろ入っている! 見た目も香りも、最高に食欲をそそる。

それにしても、味噌仕立ての牡蠣鍋なんて初めてだ。おばあは過去に牡蠣入りの鍋をつくったこともあるけど、あれは醤油味だった。かつて嗅いだこの香りは、牡蠣鍋ではなかったはずだ。だとしたら一体……。

土鍋に入った牡蠣鍋の牡蠣を箸でつまんでいるところ

おばあが箸で牡蠣をつまみ、小皿には取らずに、ぱくぱくと直接口に放り込みはじめた。
「何してるねん! 直接食べたら行儀悪いって自分でいうてたやん!」
僕が思わず抗議すると、おばあはもう一つ口に入れ、
「味見しただけや!」
と開き直る。とても味見とは思えない食べっぷりだ。

僕もこうしてはいられない。おばあにならって牡蠣を3つ口に運んで〝味見”をしてから、具材を取り皿によそった。

小皿に取り分けた牡蠣鍋の具材など、祖母が作った晩ごはんのメニュー

メニュー
・牡蠣鍋
牡蠣、春菊、豆腐、白菜、長ネギ、しめじ
・酢の物
タコ、キュウリ、ワカメ
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、ミニトマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草

牡蠣の身は火が通りすぎておらず、ぷりぷりとした食感。噛むと磯の風味とともに牡蠣のうまみが溶け出して口じゅうに広がる。そのおいしさを味噌とニンニクの効いた、ピリ辛のスープが引き立てている。この味付けは、やっぱりどこかで……。

牡蠣鍋の味噌味のスープをすくっているところ

おばあはエバラ〇〇鍋の素、みたいな調味料を買ってきたのだろう。それが僕がかつて食べた鍋料理の味だったのに違いない。だけど市販の合わせ調味料を使っているなんて〝手づくりこそ正義”と考えているおばあが認めるわけがなさそうだ。だけど僕は、
「何ていう名前の、鍋の素を使ってるんや?」
と聞いてみずにはいられなかった。するとおばあは意外にも、
「〝もつ”と書いてあったわ」
とあっさり答えた。

そうだ、もつ鍋だ! 何年か前に博多に行ったとき、本場のもつ鍋を食べたことがある。目の前の牡蠣鍋の香りも味も、あのときのもつ鍋にそっくりだ。ようやく胸のつかえがとれた喜びにひたる間もなく、さらにおばあは続けた。
「そんで、〝もつ”って、何なんや?」
なんだって!? 最近ちょっと忘れっぽいことがあるけど、すでにそんなこともわからなくなってしまったのか? いや、これだけの料理がつくれるのだから、まだ記憶力はしっかりしているはず。

だとしたら、おばあはもつが何かも知らないのに、もつ鍋の素を買ってきて、牡蠣の鍋をつくったというのか!? それでこれほど、食材と味付けがばっちり合っているとは……。おそらくパッケージの調理した画像から、もつ鍋の味が牡蠣にぴったりだと直感したのだろう。おばあは少し忘れっぽいとはいえ、おいしいものに対する勘は相変わらず冴えている。

「もつっていうのは、豚の内臓や」
僕が答えると、おばあは
「そうか、どおりで豚肉にも合いそうやと思たわ」
といって、また牡蠣を口に入れた。さすがおばあ、このスープに合う食材を見抜いていた。
「よくわかったな。豚肉もおいしいはずやで」
と僕が感心していうと、
「もつの鍋なんて、お前食べたことあるんか? そんなんいつ食べたんや?」
とおばあが聞いてきた。僕は牡蠣を箸でつまんだまま、黙ってしまった。

博多で食べたことは覚えているけど、正確にいつだったのか思い出せない。それに僕はなぜ、この忘れがたい独特の香りが、もつ鍋だとわからなかったのか。まさか……。
「なんや、忘れたんか? そんなことより早よ食え、冷めてまうで」
とおばあがいった。そうだ、おばあの記憶力を心配していたから、自分のことまでつい不安になってしまったんだ。一週間前の晩ごはんも忘れていたりするのに、数年前に食べたものなんて忘れていて当たり前じゃないか。今は余計なことは何もかも忘れて、おいしいものを味わおう。そしてこの満杯の土鍋の中身を食べつくしてやる! そう決意して牡蠣を口に放り込んだ。

刻んだミニトマトや玉ねぎの醤油漬けなど、祖母(おがあ)が作った野菜サラダ