メニュー
・鶏肉の唐揚げ(「揚げずにからあげ」使用)
・大根おろし
大根、じゃこ
・煮物
大根、手綱こんにゃく、厚あげ
・みそ汁
豆腐、白菜、ナス、たまご、ねぎ
・サラダ
生:ミニトマト、春キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
香ばしく揚がった小麦色、そしてこの丸みを帯びた形は、鶏の唐揚げ! この前の豚肉の唐揚げもよかったけど、やっぱり唐揚げといえば鶏肉が一番だ。席に着くなり思わず手が伸びる。柔らかな鶏肉を包んでいる衣には、びっしりと見覚えのある白っぽいつぶつぶが――「揚げずにからあげ」だ! これをまぶして焼くだけで、油を使わず簡単に唐揚げができる。
だけど山盛りの唐揚げの下に敷いてある白いシートには、油のシミが広がっている。この前の豚肉の唐揚げのときもそうだった。なぜなんだ。どうしておばあは「揚げずにからあげ」を揚げてしまうのか。油を使わなければ調理も後片付けも楽だし、なによりカロリーがおさえられるのに。僕は最近、食べ過ぎて太り気味だし、おばあも体型を気にして週3でフィットネスクラブに通っているじゃないか。
以前はちゃんと、「揚げずにからあげ」を揚げずに鶏の唐揚げをつくっていた。おばあはあのときの味に比べ、油を使って揚げたもののほうが、体型を犠牲にしてもいいくらいおいしいと思ったのだろうか。だとしたら、「揚げずにからあげ」じゃなくて、普通の唐揚げ粉を買ってくればよかったのに。
僕は手に持った唐揚げを突き出し、テーブルの向かい側のおばあに聞いた。
「この唐揚げ、油で揚げてるよな?」
「そらそうや!」
と怒鳴られた。そんな当たり前なこと聞くな! ということらしい。
「だけどこれ、『揚げずにからあげ』使ってるやんか」
僕は負けずに食い下がる。するとおばあは、
「なんや! 唐揚げを揚げずにどうやってつくるんや!?」
と目を見開いた。
だめだ。完全に「揚げずにからあげ」という便利な粉の存在を忘れている。ではどうして、そんな記憶にないものを使って唐揚げをつくることができたのか。まさか! ついにボケてきたのか。脳が委縮するような病気になると、昔の記憶は覚えていても、最近の記憶が抜け落ちてしまうという。唐揚げのつくり方は覚えていても、スーパーで「揚げずにからあげ」を買ったという最近の記憶がなくなっている。この症状は、やっぱり……。
「この唐揚げの粉、いつ買ってきたんや?」
僕は聞かずにはいられなかった。
「いつて、そんなん覚えてへんわ!」
まずい! 思った通りだ。物忘れが進行している。これからの生活が一変してしまうかもしれない……。僕が言葉を返せずにいると、
「前から買うてたやつが残ってたんや」
とおばあは続けた。
数日前の記憶が抜け落ちたのではなく、かなり前に買っていただけということか。それなら安心、というわけにもいかない。かつて正しく使っていた「揚げずにからあげ」のことを忘れてしまっているのだ。おばあの頭の中がスカスカになってはいないだろうか。
MRIでも撮ってもらったほうがいいかもしれない、と考えていると、
「いつまでそうしてるんや! さっさと食べや!」
おばあが声を荒げた。視線は僕がつまんだままの唐揚げに向けられていた。
テーブルには唐揚げを置く取り皿が見当たらなかった。おばあが「トンカツ」と呼んだ、豚肉の唐揚げが出てきたときと一緒だ。
3種の具材の煮物や、
たまご入りの味噌汁、
いつものサラダ、
そして大根おろしが今日のおかずだ。この前の「トンカツ」と同様に、唐揚げはごはんに乗っけるべきだろう。
並べてみると、先日の「カツ丼」にも引けを取らない、食欲をそそるいい景色。早速ひとつ口に運ぶ。うすい衣がサクっと割れたかと思うと、やわらかな鶏肉が裂け、肉汁と油があふれ出る。ごはんをひと口、放り込み、半分になった唐揚げをほおばった。
続いて大根おろしを口に運ぶ。少し辛味のある大根おろしが、口の中の脂っぽさをかき消してくれる。この組み合わせは、かなり相性がいい。
僕はごはんの上の唐揚げに大根おろしを乗せた。こうして食べることを見越して、おばあは大根をすりおろしてくれたのに違いない。そこまで考えが及ぶなら、ボケているはずなんてない。僕はそう自分にいい聞かせ、おばあが「揚げずにからあげ」の存在を忘れてしまったことを、忘れてしまおうと思った。
大根おろしを乗せた唐揚げをかじり、顔を上げるとおばあと目が合った。おばあの表情はやわらかく満足そうだった。