長雨の湿気とにじみ出る汗で、Tシャツが体にへばりつく。こんな日に食べたいのは、冷たくてツルっといけて、さっぱりとした……そうめんしかない!
おばあの家の戸棚の奥には、去年買った未開封の揖保乃糸が眠っているのを僕は知っている。そうめんの賞味期限はたしか一年以上。まだおいしく食べられるはず!
さらに冷蔵庫には、おばあが調味料として使っているめんつゆや、おにぎり用の梅干しもある! あの”アゴだし”の効いためんつゆに、しょっぱい梅肉を入れて、少し固めに茹でた冷たいそうめんをたっぷり浸して、一気にすする!
もう、想像しただけでたまらない! 実際に食べれば、全身にまとわりつくジメジメが吹き飛んでいくのは確実だ!
おばあも近ごろ、長く居座る低気圧と蒸し暑さに調子を狂わされているようで、何だか常にダルそうにしている。今こそ戸棚の揖保乃糸の封印を解くときだ! そうおばあも感じているのに違いない!
今晩のメニューは、もうそうめんしか考えられない。細くて冷たいあの麺をすする感触を思い出しながら、おばあの家にやってきた。
居間に急ぐとテーブルにあったのは、涼しげなガラスの器に盛られたそうめん! ではなく――
メニュー
・インスタントラーメン
具:もやし
・たまご焼き
・たけのこの炊いたん
・ほうれん草のおひたし
・大根とミョウガの酢の物
・サラダ
生:キャベツ、トマト、ミョウガ
茹で:ブロッコリー、アスパラガス
なんで湯気を立てるラーメンなんや、おばあ! しかも僕が来る前につくっているから――
見るからに麺がスープを吸って伸びてしまっている! 僕は固めの麺が好きだと、おばあも知っているはずじゃないか。だからこれまで、インスタントラーメンのときは僕が来てからつくってくれるか、僕自身がつくることになっていたのに……。
そうはいっても、せっかくつくってくれたことだし、僕もお腹が減っているので箸を持ち、麺をつまんで持ち上げると……ふやけた麺がブチブチと箸の間でちぎれていく。そして具材は、もやしばかりが大量に湧き出してくる。
向かいの席に目をやると、先に食事を終えていたおばあが、頬杖をついて半目で眠りかけている。
「ラーメン、なんで僕が来る前につくってしもたんや」
一言いわずにはいられなかった。料理のことで意見すると、いつもなら怒鳴り声が返ってくる。ところが、
「今日はもう、なんや疲れてんねん」
とおばあは力なくいい、本当にお疲れの様子。
ひどい湿気と日ごとに暑くなる気温に、おばあはダウン寸前らしい。だったらラーメンは、僕につくらせたらよかったのに! どうして疲れているおばあが、僕が来る前に自分でつくったんだ!?
それにおかずは――
たけのこの煮物に、
ちょっと崩れたたまご焼きまである! たまごならラーメンに入れれば、もっと手間がかからなかったのに、どうしてわざわざたまご焼きにしたんだ!?
トマトはざっくりと大きめに切られているけど、いつものサラダもちゃんとあるし、
ほうれん草のおひたしや、
大根とミョウガの酢の物まで並んでいる。
バテる寸前にもかかわらず、これだけのものを用意してくれるなんて……ラーメンの麺がちょっと柔らかいくらいで不満に思っていた自分が、器の小さい情けない人間に思えてくる。
感謝の気持ちを言葉で伝えようと思ったけど、向かいのおばあは座ったまま寝息を立てている。
そうだ、出されたものは黙って完食する! それが料理をつくってくれたおばあに対する何よりの感謝の伝え方だ!
そう思って、ラーメンに再び向き合うと、ふわりと香ばしいゴマ油のかおりがした。このラーメン『出前一丁』だ! 好きなラーメンを前にして、がぜん食欲が湧いてきた。だけど麺を勢いよく箸でつかんだりはしない。ちぎれないよう、もやしと一緒にやさしくつまんで、ゆっくりと口に入れて味わった。