メニュー
・すき焼き
牛肉、豆腐、長ねぎ、糸こんにゃく、にんじん、えのき
・煮物(3日め)
手羽元、大根、糸こんにゃく、たけのこ
・いくらの醤油漬け
・酢の物(ナカムラさんからもらった)
切り干し大根、切り干しにんじん、煮干し
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
僕が食卓につくなり、おばあがイスから立ち上がった。
「今日の晩ごはんは、簡単なもんしかないで!」
そういい残し、台所に向かっていく。
テーブルには3日前の煮物の残りや、人からもらった酢の物、いつものサラダとごはんが並んでいる。たしかに「簡単なもんしかない」という感じだ。だけどまだもうひとつ、テーブルの中央にはアルミの鍋敷きが置いてある。ここに土鍋か何か、メインの料理がどーんとのせられるはず。おばあはそれを取りに台所に行ったのだろう。
だとしたら、簡単な料理しかないとわざわざ前置きしたのはなぜだろう。冷蔵庫の残り物を投入しただけの味のしない水炊きでも持ってくるのだろうか。そうでなければ鍋を焦がしたとか、味付けを間違えてしまったということもありえる。だから僕の期待のハードルを下げるために、おばあはあんなことをいったのかもしれない。どちらにしても今日のメインの料理の出来栄えには覚悟しておいたほうがいい。
おばあが台所から戻ってきた。すり足ぎみに体をゆらさず進み、両手でしっかりと掴んだ真っ直ぐな柄の先には底の深いフライパン。おばあは僕に料理のことは手伝わせてくれないので、じっと見守る。テーブルのそばまでやってきたおばあは下唇を噛み、渾身の力を振り絞るようにゆっくりとフライパンを鍋敷きに着地させた。
中を覗くと、長ネギやにんじん、牛肉といった色とりどりの食材が、うすい醤油の色に煮込まれてひしめき合っている。これは、すき焼きだ! がっかりするどころか、肉がおいしく食べられる料理なので嬉しくなる。だけど喜ぶのはまだ早い。今日のすき焼きは、砂糖と塩を間違えているとか、つくるときに何か重大な失敗をしているかもしれない。
箸でつかむと牛肉はやわらかく焦げてもいない。においも醤油の風味が食欲をそそる。恐る恐る口に入れると……甘辛い。いつも通りの味付けだ。噛むとじゅわっと肉汁があふれ出た。
さらに今日は、たっぷりと入っている長ねぎの甘味がプラスされている。おばあは昨日、ねぎは花粉症に効くといっていた。体調のことまで考えて具材を選んでいて、いちいち簡単な料理だなんて告げた理由がわからない。
「なんでこれが簡単な料理なんや?」
と聞くと、
「野菜やら肉やら、鍋に入れて煮るだけから簡単や!」
おばあは声を荒げた。
具材を鍋に入れて煮るだけなら、おでんも鍋も、煮物だってそうだ。おばあのつくる料理の大半が簡単だということになる。それをあえて、すき焼きのときにいうなんて……そうか! 僕は出てくるものに期待していなかったことで、好物が目の前にあらわれた喜びが倍増した。つまりこれは、おばあなりの演出ということだ。たしかにサプライズの効果はばっちりだった。
もうひとつ、席に座ったときから気になっていることがある。小皿に入れられた醤油漬けのいくらが無残につぶれ、できそこないの食品サンプルみたいになっている。口に入れると味はともかく、固まりかけたプラスチックのような食感。これは一体、どうしたのだろう。
「なんかしらんけど、入れもんのフタが開いとったから、いくらがかちかちになっとったわ!」
おばあが他人ごとのようにいう。きっと数日前にいくらを出したとき、おばあがフタを閉め忘れたのだ。
「冷蔵庫で勝手に入れ物のフタが開くなんて、おどろいたわ!」
と僕は答えた。