メニュー
・豆乳鍋
豚肉、豆腐、もやし、マロニー、ミツカン「〆まで美味しいごま豆乳鍋つゆ ストレート」
・野菜
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
目の前でおばあが土鍋のふたを開けた。湯気がぶわっと広がって、視界がぜんぶ白くなる。湯気がどこかに去ったあとも、鍋のなかは一面、白かった。これは、まさか!
「豆乳鍋や!」
土鍋のふたをつかんだまま、おばあがいった。
この前、僕がつくって欲しいとリクエストしたときには却下され、代わりにおばあが好きなキムチ鍋が出てきた。おばあは豆乳にいい印象を持っていないのかもしれない。
豆乳はおじいが、健康にいいといって飲んでいた。商店街の豆腐屋で買ったもので、砂糖も何も加えていない「無調整」。おばあそれを、毎日のように手鍋であたためて出していた。だけどおじいは10年前に死んでしまった。
僕はおばあには黙っているけど、自分の家の冷蔵庫に豆乳を常備している。牛乳を飲むとお腹を下すことがあるので、家で飲むコーヒーには豆乳をいれているのだ。豆乳はあたたまると大豆の甘味が引き立つ。話に聞いた豆乳鍋もおいしいだろうと思ったので先日、リクエストしたのだった。
おばあが豆乳鍋をつくってくれたのはありがたい。しかも具材の選び方に、おばあの美意識が感じられる。豚肉、豆腐、もやし、マロニー、どれも白っぽい。おばあの好物なのに春菊が入っていないのはたぶん、色が濃いからだ。黄色い部分が多いからか、白菜すら入っていない。
もやしを取ろうと鍋に箸を入れて引き上げると、もやしよりも大量のマロニーをつかんでいた。それを取り皿によそう。これは……変だぞ。マロニーが、箸でつかめるなんて!
おばあは歯ごたえのある麺が嫌いで、細長いマロニーもぐずぐずになるまで煮込む。箸で取ろうとすると切れてしまうので、いつもはお玉を使わなければよそえない。一方、僕はコシのある麺が好きだ。煮込んでいないマロニーを、ラーメンみたいにすすってみたかった。それをおばあに伝えても、聞こえていないふりをされていた。
それが思いがけず豆乳鍋で実現するなんて。僕は鍋のときは真っ先に肉に手を付けるけど、今日は取り皿いっぱいのマロニーを思い切りすすった。つゆのうま味のなかに、ほんのりと大豆の甘味が感じられ、コシのあるマロニーの歯ごたえが心地よかった。
豆乳鍋もマロニーも、なぜおばあは僕のいった通りのものをつくってくれたのだろうか。
「今日はマロニーが、いつもとちがうな!」
僕はおばあを称えるようにいった。
「入れるの忘れとったから、最後の方に入れてしまったわ」
とおばあは、残念そうにいう。
「じゃあ春菊と白菜は?」
「それは買うの忘れた」
僕好みのマロニーは偶然の産物だったのか。いや、野菜の買い忘れはともかく、マロニーは後から入れても、おばあの好きなように煮ることができたはず。僕が頼んだ豆乳鍋だから、マロニーも僕の好きな加減にしてくれたのだ。素直じゃないおばあは、いいにくいことを忘れたといってはぐらかす。
そもそもなぜおばあは、一度は却下したのに豆乳鍋をつくろうと思ったのか。聞いてみても確かな答えは返ってこないだろう。そう思っていたけど、おばあは食べ終わってから、
「じいちゃんも、豆乳飲んでたな」
とぽつりといった。それは忘れたとはいわないんだ。僕はそういいかけたけど黙って、取り皿に残った白いつゆを飲み干した。