メニュー
・キムチ鍋
(豚肉、白菜、豆腐、もやし、えのき、マロニー太麺タイプ、ミツカン「〆まで美味しいキムチ鍋つゆ ストレート」)
・野菜
(生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草)
・ごはん
昨日おばあが
「明日は鍋にしようと思うが、どんなのがええ?」
と聞いてきた。おばあがつくる鍋はたいてい、和風だしで味付けした寄せ鍋だけど、別の味に挑戦してみたくなったらしい。僕はどこかで名前を耳にして、いちど食べてみたかった豆乳鍋がいいと答えた。
そして今日、食卓についた僕の目の前で、おばあが土鍋のふたを開けた。すると現れたのは、鍋いっぱいにひしめく赤く色づいた豚肉や白菜などの具材たち。そう、寒いときにはやっぱりこれ! 辛くて体が芯から温まって、ごはんとの相性も抜群! さあ思う存分、キムチ鍋を食べよう! なんて、何も聞かれていなかったら思っていたかもしれないけど、今日はその前に、疑問がわきあがってくる。なぜ僕がリクエストした豆乳鍋じゃないんだ!
たしかにおばあはキムチが好きだ。食卓にキムチの瓶詰があると、おばあひとりで中身を一気に空にしてしまう勢いで口に運ぶ。僕は自分の皿に多めに取っておばあの食べる量を減らしたり、ふたをして冷蔵庫にしまったことさえある。塩辛くもあり唐辛子の辛さもあるキムチは、高血圧のおばあが食べ過ぎると血管が破裂してしまいそうでひやひやする。
おばあの高血圧の原因はたぶん、濃いめの味付けが好きなことにある。幼少のころよりぬか漬けやたくあんといった漬物を食べ慣れているうえ、さらに濃く、強い味付けがされているキムチは、おばあにとって危険なドラッグのような中毒性を発揮する。いちど口にすると目の前からなくなるまで箸が止まらなくなってしまうのだ。
おばあも自覚しているらしく、キムチは好きなのにあまり買ってこない。キムチ鍋をつくることも稀にしかない。とはいえ、キムチ鍋にするとはっきりいえば、僕も喜んで受け入れていた。なぜわざわざ意見を聞いたのだろうか。
直球で聞いてみた。
「なんで、豆乳鍋じゃないんや」
「そんなん、あるとは思わへんかったわ」
いつも強気なおばあにしてはめずらしく、反省したようにうつむく。
豆乳鍋というものを、知らなかったらしい。
「じゃあ、どんな鍋があると思ってたんや」
「水炊きと……」
おばあがいう「水炊き」とは、寄せ鍋のことだ。
「それと?」
「キムチ鍋や!」
おばあは高らかに宣言した。
おばあの頭のなかに鍋は、寄せ鍋とキムチ鍋しかないようだ。僕に聞いたのも、その2択のつもりだったのだろう。そして去年から食べていないキムチ鍋を、僕が選ぶと思っていたのに違いない。
なぜそんな回りくどいことをしたのか。理由は目の前のおばあの食べっぷりを見ればわかる。取り皿に移した大量の具材を、吸い込むように食べている。僕がキムチ鍋を食べたいといっていれば、「おまえのリクエストを採用したんやから、好きなだけ食べさせろ」と、主張するつもりだったのだ。
そんなことしなくても、目の前でその食べる勢いを見せつけられれば、止めようなんて思わない。たまには思う存分食べたらいい。食欲なら、僕もおばあには負けない。二人で土鍋が空になるまで食いつくしてやろう。