メニュー
・とろろ
山芋、卵黄
・知らん魚の煮たん
・みそ汁
たまご、わかめ、豆腐、青ネギ
・野菜
(生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草)
・ごはん
おばあの家で出てくるごはんは、三対一の割合で麦をまぜた麦飯だ。パサパサとして弾力のある麦の食感を、おばあは嫌っている。だけど毎日の主食にしているのは、僕が無類の麦飯好きということになっているから。
おばあは降圧剤なしでは生きていけないかなりの高血圧だから、血圧を下げる効果がある麦を毎日食べてもらいたい。いくらその理由を説明しても、薬を飲んでいるから大丈夫といって聞き入れてくれない。麦飯で血圧が下がれば薬の量が減って体の負担も減らせるのに。というわけで、僕が食べたいことにして、毎日麦飯をつくってくれるように頼んでいる。
だけど実は、僕も麦飯が嫌いだ。柔らかくも固くもなく、中途半端な食感がいつまでたっても好きになれない。これならタイ米100%のほうがマシだと思う。タイの調味料ナンプラーは醤油に似ているから、和食にも合いそう。タイ米に血圧を下げる効果があるなら、本気でおばあに掛け合おうかと思っている。
だけど麦飯にも合う料理がある。山芋をすりおろしたとろろだ。これを麦飯にかけた「麦とろごはん」を、僕は以前、和食の店で食べた。とろろが文字通りとろとろしているので、すこしパサついた麦飯に潤いが加わって、ちょうどいい食感になる。それに、粘り気のある白米だけだと喉に引っかかって、すすり込んで食べられない。とろろには麦飯こそがベストな組み合わせなのだ。
おばあが麦飯の文句をいうと、僕はいつも
「とろろは、麦飯をめっちゃおいしくするで」
と、麦飯と一緒にとろろを出すように頼んできた。麦とろごはんを食べれば、おばあも少しは麦飯を好きになってくれるかもしれない。だけど僕の願いもむなしく、今までおばあはとろろを出してくれなかった。
山芋をすりおろすのが面倒なのだろうか。そう思って、「いつでも僕が手伝う」といっていたのに、今日、突然、食卓にとろろが出た。
真ん中に卵黄がのっている。ポン酢の入った容器もある。おばあが必ず買ってくる、柑橘の果汁がたっぷり入った「旭ポン酢」だ。これを白いとろろにたらし、一気にかき混ぜ麦飯にのせて、ずずっとかき込む。麦飯の本領発揮だ。お互いの食感がぴったり合って、麦とろごはんという新たな料理に進化している。柑橘の香りと酸味、醤油のしょっぱさ、そして卵黄のうまみが溶け合ったとろろが、麦飯と一緒になっておいしさを高め合う。
麦とろご飯の三分の一をかき込んで茶碗を置く。みそ汁をすすろうと、椀を傾けておどろいた。固煮えのたまごが入っていたのだ。おばあは料理に、あまりたまごを使わない。血圧は薬で下げいるから大丈夫とかいうくせに、たまごは一日に何個も食べると体に良くないと思っているのだ。今日は、どうしたのだろう。
目をやると、おばあは椀のなかのたまごにかぶりついていた。そしておばあの前に並んだ料理を見て、僕はまたおどろいた。なんと、とろろがないのだ。食べ終えたあとの器もない。
「おばあ、とろろはどうしたんや」
と聞くと
「そんなぬるぬるしたもん、よう食べんわ」
と顔をしかめた。
おばあはとろろを食べないから、みそ汁にたまごを入れていてもよかったのだ。そのみそ汁のたまごが固く煮えているのは、柔らかいたまごもおばあには「ぬるぬるしたもん」なのだろう。山芋をすりおろし生の卵黄を加えたこのとろろは、おばあにとっては、最悪の食感らしい。麦飯は固いというし、とろろは柔らかいというし、おばあの食感の好みはかなり狭い。
「おばあに食べてほしかったのに」
僕は思わずつぶやいた。するとおばあは、
「お前はそんな気持ちの悪いもんが、ほんまに好きなんか」
また顔をしかめ、今度はさらに食べたものを吐き出すまねをした。
僕をからかっているようだけど、ちゃんと見えていた。おばあの右手の小指には新しく絆創膏が巻かれていた。山芋をすりおろすときに、勢いあまったのだろう。そうまでして「気持ちの悪いもん」をつくってくれたのだ。僕はありがとうとは意地でもいいたくなかった。わざと大きな音を立て、残りの麦とろご飯を一気にすすり込んだ。